読書ログ 『映画を早送りで観る人たち』
どんな本?
メディア系のライターによる、ファスト映画を切り口としたZ世代の考察本。流行に乗った感のあるタイトルなのであまり期待せずに読んだが、ファスト映画を見る学生へのインタビューを数多く実施した上で考察されており、たくさんの学生と話したような感覚を得ることができた。
また、映像業界など作成者側の声も多いため、コンテンツを取り巻く環境が大きく変わっていることが説得力を持って受け入れられた。学生の生の声が多く掲載されているため、Z世代の感覚と自分たちの感覚のズレに気づくことができる良書。
特に印象的だったのは、Z世代が自分たち世代以上に「コスパ」「タイパ」を重視している裏に、「絶対的な答えを求める姿勢」や「解説は自分よりも詳しい人に任せよう、という諦め(?)」があるということ。
彼らは「知っていること」、もっというと「人がわかっていないことをわかっていること」に対するカッコよさを感じやすい人種なのだと思う(自分もかなりそうだけど)。であれば、保険に対しても「失敗してもいいよ」じゃなくて「失敗しない賢い生き方」を求めるはずだし、保険選びなんて「よくわからないけど損なものを選んだらカッコ悪いから、そもそも選ぶのをやめとこう」とすら思われそう。
これからのマーケティングや事業企画はそんな価値観を「けしからん」「情緒がない」と断じずに重く受け止め、彼らの感覚に寄り沿っていかないといけないと強く感じた。
おすすめ度
★★★★★(新書で気軽に読めるので、スキマ時間に最新のトレンド・価値観をインプットできる)
こんな人におすすめ
事業企画、マーケなど、サービスの企画をしている人
若者から「おばさん」「おじさん」と思われたくないアラサー
「両利きの経営」とかに共感して「探索が大事だ!」と思ってるけど難しい本ばっかり読むのが好きでそういう感覚をインプットできていない(またはそのことにすら気付いてない)人
学びのメモ
倍速視聴の当たり前化
20代男性の倍速視聴経験者は54.5%(その他世代は35%以下)。青山学院大学2~4年生にした調査では、倍速視聴を「よくする」「ときどきする」と答えたのは66.5%
飛ばし見したり結末を最初から解説サイトなどで見たりして、2周目で通常速度で見るケースも増えている。理由は「その方が細かい表現やサブキャラの魅力に気づけて楽しめるから」
彼らは「観たい」のではなく「知りたい」。そこには情報強者としての優越感が根っこにあるのではないか。
サブスクのコンテンツは集中せず見られがち。「映画館はそのためにお金をいちいち払うから早送りはもったいないが、Netflixはもうお金を払っているのでべつにいい」
倍速視聴が流行る背景は大きく3つ
作品数が多すぎること
話題にはついていきたいが、観るべき作品も開くべきSNSも多すぎて時間がない
コスパ・タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する人が増えたこと
大学生は趣味や娯楽について、手っ取り早く短時間で「何かをモノにしたい」「何かのエキスパートになりたい」と思っている。オタクへの憧れ
彼らは「見ておくべき重要作品をリストにして教えてくれ」と言う。なぜなら駄作を見ている時間が彼らにとって無駄で、無駄を極端に恐れているから
すべてをセリフで説明する作品が増えたこと
今自分が嬉しいのか悲しいのかなどを一言一句セリフで説明する作品が多い
庵野秀明「おもしろいですよっていうのをある程度出さないと、うまくいかないんだろうなっていう時代かなって。謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきている」
説明の多いコンテンツが増えた件
観客が幼稚になってきており、自分が理解できない作品を作品のせいにする傾向が強まっている
特にネットで一言「わからなかった」「(わからないから)つまらなかった」と発信するのは容易い
逆にネットで「面白い」というのには勇気がいる。あらゆる人が傑作と認めている”勝ち馬”にしか”面白い”と言えない空気がある。また、作品に賛同するよりもクレームを言う方がマウントが取れる
そんな世の中になると、人気作家ほど「説明不足だ」「理屈が通ってない」と言った鋭いツッコミを受けたり叩かれることを多く経験する。その結果作品が影響を受けて説明過多になりやすい
テレビも同様で、今何をしているかわからないとすぐにチャンネルを変えられてしまうので、テロップが多用されるようになった
そうやって説明の多いコンテンツが増えると、観客に高度な理解力を求める説明の少ない作品はますます「わからない、つまらない」と言われてしまうようになり淘汰されていく
ラノベなどでタイトルをあらすじのように長くするケースも増えている。「短くシンプルに、誰にでもわかる言葉で結論を届ける」という思想はTwitterやネット記事をはじめとして当たり前になりつつある
今必要なのは、リテラシーの低い視聴者に劣等感を抱かせない工夫をしつつ、リテラシーの高い視聴者は作品の奥行きを堪能できる作品づくり
コミュニケーションのためのコンテンツ消費と情報収集
「作品を鑑賞」する時代から「コンテンツを消費」する時代に変わっている
若者間の共感強制力→各方面からのおすすめ洪水→ToDo過多→倍速で片付ける
若者はコンテンツをコミュニケーションツールとして使っているので、興味がないから観ないわけにいかない。会議前に資料に目を通さないと会議についていけないのと同じ。
若者は個性を重視するが、コミュニケーションに発展しないとコスパが悪いと考えている。例えば「バレエをずっと習ってます」と言ったところで共感したり話題が合う友人が少ないので盛り上がりにくい。
無個性だとどこにも属せずとても不安を感じてしまう。自己紹介欄に書く情報が欲しい。オタクへの憧れ
Z世代の主だった特徴
SNSを使いこなす
お金を贅沢に使うことは消極的
所有欲が低い
学校や会社との関係より、友人など個人間のつながりを大切にする
企業が仕込んだトレンドやブランドより、「自分が好きだから」「仲間が支持しているから」を優先する
安定志向、現状維持志向で、出世欲や上昇志向があまりない
社会貢献志向がある
多様性を認め、個性を尊重し合う
とにかく失敗したくないという価値観
間違いが見知らぬ誰かから手厳しく修正されたり、人知れず嘲笑される惨状をSNSでも見られるようになった結果、Z世代は極端に間違いを恐れるようになった。
優しく育てられているが故に、失敗したことに大きく傷つくし、分からないこと・想定外のことに対するストレスを強く感じやすい
やってみて意味がなかった、はタイパ思考にも反するので、夢にすら「それはどのくらいの確率で達成できそうか」という打算的な思考を持ち込む
コンテンツの主人公にも有能っぷりが求められるし、最近は汗一つかかず指示を出す軍師的なキャラが好まれる
情緒ネーミング
自分にとって観る価値があるかどうかを判断してから観たい、時間を無駄にしたくないから」と言う意見が多く、要するに「価値があるという確信」が持てないことを嫌がる風潮がある。
ここから、「その商品を使うとどんな気分になるか」「どんな気分の時に使うものか」をわかりやすくするネーミングがトレンドになっている
要するに、「蓋を開けてみてのお楽しみ」では歓迎されない
ピッキーオーディエンス思想と他者性の欠如
フィルターバブル:フィルターのせいで得たい情報しか見えなくなるというインターネットの性質
この性質はZ世代より上の世代にも見られる。TVよりもYoutubeやアマプラ、自分色に選抜されたニュースしか見ない、誰が発信しているかよりも自分が興味を持てるか、など
結果として、「見たいものしか見ない」「信じたいものしか信じない」という視聴者のわがまま化と快適主義が生まれる。ピッキー・オーディエンス
もはや「心が揺さぶられるのが嫌」。心のカロリーをあまり使いたくない。
作者に興味なし
「表」の映画を純粋に楽しみたいのであって、「裏」の作り手には興味がない
「この監督だからこれができた、みたいなことは感じませんね」
ラノベはこの傾向が顕著で、作者にファンがつかない。
極論するなら、例えば彼らが「ディズニーやジブリが好き」と口にする時、それは満足度の高いコンテンツを確実に供給してくれる信頼感が好きなのであって、それを生み出した作家個人への賞賛ではない。
リキッド消費
2017年にイギリス人研究者が発表した、現代的な消費の概念
特徴は以下の3つ
短命:次から次に移るような消費
アクセス・ベース:ものではなく使用や利用の権利を購入する消費
脱物質的:同程度の機能を得るには物質をより少なくしか使用しないような消費
今後のマーケティング
作り手は、倍速視聴や10秒飛ばしが常態化した人たちを「メインのお客様」であることを前提にしたマーケティングを実行した上で創作し、ビジネスモデルを構築しなければならない
レンタルビデオ屋の逆で、新作は安く、旧作は高い。つまりライトなファンをコアなファンよりも大事にしないといけない
情報収集をせずに買う割合は、先進国では日本が最も多い(67%)
あらすじや結末を知ってから安心して本編を見に行きたい、というそうが一定数を占める世の中になったら??
レコードが出た時も「生演奏ではなくレコードとはけしからん」と言われていたわけで、そのうち倍速視聴や飛ばし視聴もそのようになってもおかしくない
特徴的なコメント
学生
観る作品は出演者で決めているので、ストーリーの面白さや感動は重視していない
あらかじめレビューを読み、評価が高いシーンや心が躍りそうなシーンだけを観ることが多い
つまらないアニメもいっぱいあるので、最初の3話を見ていまいちだったら残りは倍速か見ない
見たいものがたくさんあり、普通の速度で見ていると時間が足りなくなってしまう
新しいものを見るのは体力がいる。話についていけなくて「なんでこうなったんだっけ?」というのが面倒くさい
べつに変わったことをしているという意識はない
Netflixなどの動画は集中せずに観て、おもしろい作品であれば、もう1回見ればいいじゃん、と思う。保険かかってる感。
倍速視聴して情報を知っているだけで話すことのできる相手が一気に多くなるから、コスパがいい。
SNSで自分の”上位互換”の人をすぐに見つけられてしまうので、そのジャンルで勝てないと思ったらすぐに諦めてしまう。みんな「自分の好きなものを好きって言いにくくなった」とよく言う。
作り手(脚本家など)
庵野秀明「おもしろいですよっていうのをある程度出さないと、うまくいかないんだろうなっていう時代かなって。謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきている」
口では相手のことを「嫌い」と言っているけど本当は好き、観たいな描写が、今は通じない
観客が幼稚になってきている。楽な方楽な方へ。全部説明してもらって、はっきりさせたい。自分の頭が悪いことを認めたくない。だから、理解できないと作品のせいにする。
総括
Z世代を改めて振り返ってみると「勝ち負け志向が強い」ことと「みんなから面白い・すごい・有能だと思われたい」と言う気持ちが強い世代なんだと感じる。そしてそれは、SNSを通じて称賛されたり自分がすごいと思うような人が身近に感じられるからなのだと思う。
自分が楽しければいいじゃない、ではなく、自分を好きになる・自分に誇りを持つために他者の中の自分を観ていたい、観ざるを得ないという思想。かわいそうだな〜と少し思いつつも、それが群れをなして生きている人間の本質なのだろうな、とも思ったり。
そして、そんな人たちに「自分らしく生きたらいいじゃない」と言っても意味がない。僕たちアラサーも、もっと人からの観られ方やカッコよさを意識して磨いていかないと、この時代についていけなくなるのかもしれない。
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