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読書ログ 『キリンを作った男』

どんな本?

 一番搾り、淡麗、氷結などを作ったキリン伝説のマーケター、前田仁の評伝。自分の仕事の仕方を振り返ったり、マーケティング思考を強化するのに役立つ。企画部門にいる自分にとっても大いに参考になった。
商品開発秘話はもちろん、キリンとアサヒの激しい競争や内部のゴタゴタなど、自分が普段からよく飲んでいる飲料の知られざる裏面に触れることができ、楽しみながら読むことができた。また、ヒット商品の生産の過程についても詳しく解説されているため、普段何気なく飲んでいるビールやチューハイの進化の過程にある工夫や苦悩がよく分かり、お酒を飲むのがさらに楽しみになった。

 本書からは、マーケティングの面白さが湧き上がってくるようだった。消費者をよく観察し、今後の社会や価値観の変化を予想し、プロダクト案に落とし込み、これに自信を持って周りを説得し、仲間を集めて商品に落とし込み、いいマーケティングコミュニケーションを作り上げなんとしても売っていく。これぞマーケティング、これぞビジネスというような前田氏の仕事ぶりの数々は圧巻で、同じビジネスマンとして、ここまでの価値を創造できているか、もう一度問いただしてみたくなるような読後感であった。

 また、前田氏が厳しいながらも人を大切にしているのが印象的だった。良い時は緩まないように厳しくしながら、チャレンジする部下は応援し、何かミスがあっても部下を責めず、堂々と責任を取る。実力と製品への情熱に裏打ちされる胆力と信念こそが、マーケターに必要なリーダーシップなのだと感じさせられた。

おすすめ度

★★★★☆
(お酒好き×マーケティングに興味がある人は楽しめること間違いなし)

こんな人におすすめ

  • お酒が好きな人

  • 消費財のマーケティングに興味がある人

  • 新商品や新規事業の構想に頭を悩ませている人

学びのメモ

(★は自分の感想)

マーケターとして

  • お客様は予定調和的なものには魅力を感じないが、あまり先を行き過ぎた物もダメ。「等身大の半歩先」を目指す。しかし、半歩先も「大衆と先端」の両方がわからないと落とし所がわからない。いつも先端に接していることが必要だし、先端の実感を掴むためには、極端にいうとあえて先端を商品化しないとわからない

  • 成功体験を捨て、既成の価値観を超える。既成概念を捨てるためには自分の思考をいつもまっさらにする必要がある。そのために、前田はアーティスト、広告代理店、クリエイター、デザイナー、リサーチ会社の関係者など幅広い人々と交流していた

  • お客様の意識(イメージ)と実際の味の好みにはズレがある。スーパードライは、「男性的で本格的なイメージ」と実はラガーよりも軽くノンビターで飲みやすい「ライト嗜好に刺さる味わい」を両立したからヒットした

  • 嫌味を言われたり争いになることを恐れていては、縦割り組織は崩せない。勇気を持って他人の縄張りに口を出し、お節介を仕掛けることが求められる、その際、「越権」ではなく「越境(=ちょっと境界線を跨ぐ)」程度の感覚で相手の領域に入っていくと気持ちは全く楽になるこれは元上司が言っていた「健全なる領空侵犯」と同じ考えと言える

  • オフィスに篭っていても良いアイディアは出ない。いろいろな情報を集めるのが大事で、待っていてもやってこない。プロデュース力や発信力のある人には良質な情報が集まってくるという経験から、前田は各業界のインフルエンサーや有名人を訪ねて取り止めもない雑談を繰り返していた

  • ビールのプロとしての意見と消費者の感覚とはズレる。このズレを捉えることこそ消費者理解の核心である。

    • 消費者は「安物」を求めていない。「お得な商品」を求めている

    • ロングセラーの5つの条件は、企業の思い入れ、オリジナリティ、本物感、経済性(お得感)、親しみやすさ

    • 複雑で抽象的な概念と向き合うことこそが、マーケティングの仕事で最も重要なこと。例えば淡麗グリーンラベルの開発者は「世の健康意識の高まりを受け、そのニーズを取り込む仕事をしている。淡麗グリーンラベルを開発して”健康系”という新たなジャンルを市場に定着させ、ブランド価値を高めている」のが仕事である。

    • 昔話では、会社は食べていけない。次の成功、新しい価値創造を常に求めていかないといけない

お酒について

  • 全体像

    • ビールは「仕込み」「発酵」「貯蔵(熟成)」「ろ過」という4工程で作られる。

  • 仕込み

    • 仕込みではまず麦芽(大麦を発芽させた後乾燥させ根を切除したもの)とおよび米などの副原料を粉砕してお湯に浸す。すると、麦芽の中の酵素の働きで、麦芽と副原料のデンプンが糖に変わり、やがてお粥状の甘い糖化液(もろみ)が得られる。もろみはろ過機に移されてろ過され、このときに流れ出たものを「一番搾り麦汁」、絞った後のもろみにお湯を加えて再度ろ過したものを「二番搾り麦汁」と呼ぶ。

    • キリンでは通常二番絞り麦汁を3割混ぜて仕込みをしていたが、「一番搾り」では一番搾り麦汁を100%にすることとした

      • 渋みが少なくすっきりするが、二番搾り麦汁を加えない分収量が減って赤字になる、という問題があった

      • さらに、ろ過回数が1回の一番搾り麦汁は、ろ過材のタンニン(渋みや苦味の素)が少なくて済む

      • 赤字の懸念がある中でもプレミアムビールの路線は取らないこととした。当然他の商品よりも損益分岐点が上がったが、それ以上のヒットとなったことで採算が取れた(キリンにとって大きな賭けだった)

  • 発酵

    • 仕込みでえた麦汁に酵母を加えて発酵させる。酵母が糖を食べてアルコールと炭酸ガスを生成する

    • ドライビール(アメリカタイプ)はキレを高めるために仕込みの糖化を徹底した上で発酵力の高い酵母を投入し、アルコール度数とカス圧を高めることで作る

    • ドイツタイプのビールは麦芽を100%使い、発酵を抑えて麦芽の旨味を残し、糖化も徹底せず、発酵も6~7割にすることで豊潤な味わいを残している

    • 一番搾りは発酵度を80%以上に設定しており、スーパードライより低い。

    • 現在の酒税法ではビールの麦芽構成比は50%以上とされており、18年3月以前の「67%以上」から緩和されている。また、果実やハーブなど使用できる副原料も以前より増えた

  • 生ビールとは

    • 日本で売られるビールには「熱処理ビール」と「生ビール」があるが、その差はほとんどない

    • 熱処理とは「低温殺菌法」を指す。低温殺菌法とは出荷前に60度のお湯に30分ほど浸けることで酵母や乳酸菌を殺菌することをさす。

    • 日本の生ビールは、熱処理の温度は下げつつも、熱処理自体は行っている。これをあたかも熱処理していないかのように宣伝しているだけ。そのため、海外には生ビールという概念はない。

  • 発泡酒の工夫

    • 発泡酒は、麦芽構成比が25%未満であれば酒税が安くなる。そこでサントリーは主原料を糖化スターチ、副原料を麦芽とした「麦芽構成比25%未満でも美味しい発泡酒」の開発に成功した(スーパーホップス)

    • なお、第3のビールとは、発泡酒にスピリッツを加えた「リキュール(発泡性)②」と麦芽を使わずエンドウ豆や大豆を使った「その他の醸造酒(発泡性)②」の2種類のことをいう。

    • 淡麗は、副原料として粉砕した大麦を使うことで本格感のある味を作り出した

  • ラガーとエールの違い

    • ラガーは、発酵を終えた酵母を下に沈める「下面発酵」を用いる(ラガー=ドイツ語で貯蔵)。ピルスナータイプとも呼ばれる

    • エールは、酵母を上に浮かべる「上面発酵」を用いており、華やかな香りが特徴。

感想

  • 前田氏は常に次の成功や、自分にしかわからない価値観の変化を常に探し求めていた。「世の中で一番最初に気づいてやろう」という思いが強かったのだと思う。今の自分は、世の中のトレンドやヒットを必死に追いかけ学ぼうとするフォロワーで、知っていることに満足している。「よもや自分がそんな凄いことを思いつくわけが・・・」などと可能性を狭めるような考え方をしていた。前田氏のように皆から慕われて未来を作るリーダーになるか、優等生だけど未来を切り開く力まではない人になるかは、自分次第。常に新しいことを見つけてトライし、自分で新しい価値を作り出せるように意識していきたい。

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