魔女。と、旅人【書くのに二時間くらいかかっちゃった短編小説】
「お嬢さん、お名前は?」
「……魔女」
旅人の質問に、魔女は風に靡く髪を手で押さえながら答えた。
「っはは、キミ面白いね。そうじゃなくて、お名前、教えてよ。呼びづらいじゃん」
「……?」
旅人の言っていることが本気で分からない、というように魔女は首を傾げた。彼女の生まれ育ったこの街では、魔女と言えば彼女ただ一人を指す固有名詞だった。生まれた時には何かもっと別の名前があった気がするが、彼女が魔法を扱えると判明してからは、両親も彼女のことを「魔女」と呼んだ。
「なあに、警戒してる? じゃあオレも名乗らないでおこうかな。さすらいの旅人とでも呼んでよ」
「……長い」
「じゃあ旅人さんだ。キミは、魔女チャン」
「……」
魔女は口を閉ざした。旅人は構わず話しかける。
「魔女チャンは、ここで何をしているの?」
「……仕事」
「オレも手伝っていい? これを運ぶの?」
旅人はそう言い、足元にあった植木鉢を持ち上げようとする。が、それは思いの外重く、持ち上げた瞬間に手を滑らせてしまう。
「……」
「ヒュウ、かぁっこいい。これがキミの魔法?」
「……私が運ぶ方が、早い。手伝い、いらない」
すかさず魔女が旅人の手から落ちかけた植木鉢を手を触れずその場に制止させ、それから、地面と平行にスライドさせ、遠くへと運ぶ。
「そんなすごい魔法が使えるのに、なんでさっきまで普通に手で運んでたの?」
「……早く終わらせても、次の仕事、増えるだけ」
「あは、ワザと手え抜いてサボってたのか。悪い子だ」
「…………それに、魔法使うと、みんな、怒る。なるべく、使いたくない」
「……」
なんでまた、と旅人は訊こうとして、すぐにやめた。何となく想像がついたからだ。なるほどなあ、と一人納得している間に、魔女は周囲から枯れ葉を集め、それで山を作った。
「……」
「今度はこれに火をつけるの? オレやろうか?」
旅人は常備している火打石を懐から取り出した。
「魔法でやる方が、早い。何度も、言わせないで」
「『早く終わらせても、次の仕事、増えるだけ』なんでしょ? それに、魔法も『なるべく、使いたくない』んだもんね」
「……」
「あ、今結構似てたねオレ。物真似で食ってけるかもな」
「……」
「あは、魔女チャンはどんな顔も似合うねぇ!」
軽口を叩きながら、旅人は積み上げられた枯れ葉の前に膝をつき火打石を打ち付け始める。
「……だから、私が」
「そんなひらひらした服で、火なんて扱わせらんないよ」
「……」
「あ、今オレのマント見て『お前が言うのか……』って思ったでしょ」
「違う。……魔法、危険じゃない」
「でも、火はキケンでしょ?」
旅人があっけらかんとした口調で言い終わるか終わらないかのうちに、ボッ、と枯れ葉が音を立てて燃え始める。
「……」
魔女は、炎魔法を使おうと上げていた右手をだらりと下げた。
「……あは、やっぱり、余計なお世話だった?」
「別に。やってしまったなら、いい」
魔女は踵を返し、今度は物置と思われる小屋のある方向に歩みを進める。旅人は慌てたように立ち上がり、彼女の後を追う。
「薪でも取りに行くの? メイワクじゃないなら、もーちょっとお手伝いしていーい? オレ、ちょうどヒマしてたんだー」
「……もう、好きにして」
「ついでだし、オレの旅行記を聞いてもらってもいい? 話しながらの方が作業効率上がるタイプなんだ、オレ」
「……」
「そうそう、ここに来る前に立ち寄った村でケッサクなことがあってね……」
―――
――
―
なんだか、居心地のいい村だ。村に到着してすぐ、旅人はそう思った。なんでだろう、とどこか不安な気持ちになったのは最初だけで、すぐにその理由は判明した。
「荷物、持ちますよ」
「あら、どうもありがとう」
「落としましたよ」
「おや、わざわざ走って追いかけてくれたのかい? 悪いねえ」
「なにか、お困りですか?」
「すみません、実は……」
この村の人たちは、自分を差別しない。その事実に驚く程度には、旅人は自分が腫れ物のように扱われる理由に自覚的であった。今までに訪れたここ以外の村で同じような行動をしたら、周囲の反応はこうなるだろう。
「荷物、持ちますよ」
「いらないよ、物体浮遊魔法も使えない人にこれは重すぎるもの」
「落としましたよ」
「わざわざ追いかけてこないでよ。紋章に魔力を流せば持ち主の手元に帰ってくることくらい知ってるでしょ?」
「なにか、お困りですか?」
「読心魔法も使えない人間に何が分かるの?」
……そう。旅人は世にも珍しい魔法が使えない人間であった。ゆえにどこにいても居心地が悪く、どこにも腰を下ろせないのを誤魔化すように、あてのない旅を続けていた。
「……いるところには、いるもんなんだな」
文献で、目にしたことはあった。魔力を持たない人間が集まって作った集落。旅人自身、ここがその村だなんて入るまで知らなかったし、そもそもそんな村の存在自体、おとぎ話のように思っていた。
「名前は忘れちゃったけど、前の村では「魔力無し」って呼ばれてましたー」
半ば鉄板ネタと化した自己紹介でキョトンとした顔をされたのは、初めての経験だった。この村では、「魔力無し」は個性たりえない。
ひとまずは「旅人」を名乗っているが、そのアイデンティティすら、この村で捨ててしまってもいいのかもしれない。そんなことさえ考えていた。
「けど、まあ」
なんか、違うかな。それが、旅人の出した結論だった。村に入った時に感じていた居心地の良さは、夜になるころには感じられなくなっていた。だから、宿屋で一晩を明かして村を発つときも、後ろ髪を引くものはなかった。
しかし旅人は村の入口で、何かに引っ張られたように立ち止まる。
「……マント引っ張るのやめてよ、魔女チャン」
「歩くの、早い」
「キミが両親に見つかって連れ戻されないように、急いでるんだけどな」
旅人は困ったように笑い、歩く速度を緩める。
「それにしても、ホントについてくるの?」
「……私が「魔女」って名乗らずにすむ場所、あるんでしょ?」
「キミみたいな年頃の好奇心旺盛な子に旅の話を聞かせるのは、これっきりにするよ」
旅人は皮肉っぽく言い、魔女の手を取って村を出る。そうしてあてもなく、しかし明確な目的を持って歩き出した。オレが魔力無しと名乗らずにすんで、この子が魔女と呼ばれずにすむ町。一人でいた時より、理想郷が遠ざかっちゃったな、とそこまで考えて、旅人はひっそりと口角を上げた。
「……そういえば、魔女の代わりに名乗る名前って考えてあるの?」
「あ、忘れてた。……旅人、とか」
「オレと被るじゃん! 却下却下!」
村を背に並んで歩く二人の人間を、朝日が背中から照らしていた。
軽薄な男キャラがすき。
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