アイスクリームと脱走者/38


38.クリスマスと年末の予定は

 十二月に入ると、うまし家にクリスマスツリーが飾られた。ツリーの隣に立つと、外で電話している波多の姿が見える。

 後ろでは美月さんがレジ締めをしていた。手持ち無沙汰になり置いてあったチラシを手に取ると、オフショアのディナーコースが写真付きで載っている。

「一番安いコースと一番高いコース、値段が倍以上ですね」

 わたしが口にすると、レジの奥にある事務室で「ああ」と声がした。店長だ。

「ヒロセが辞めたら、三月をめどにメニューを変えるつもりなんだ。それを前提に、新太に五千円以下のコースを作ってもらった」

 新太さんとは、例の新しい料理人さん。

 あのカラオケの翌日、ヒロセさんはうまし家で挨拶をした。彼と顔を合わせたのはそれきりだ。

「千尋ちゃんには五千円でも高いよね」

 美月さんは作業の手を止めないまま言った。店長が「そんなことないだろ」と奥の部屋から顔を出す。

「クリスマスディナーなんだから、女の子は払わなくていいんだよ。メニュー変更で全体的に価格を下げるつもりでいるから、千尋ちゃんでも行きやすくなると思う。ランチで千五百円くらいだな」

「店長はもともとそういう店にしたかったんでしょ。 ヒロセさんが辞めたのは案外良かったんじゃないですか?」

 美月さんの言葉に店長が肩をすくめる。けれど、先を促すように何も言わない。

「ハワイアンリゾートみたいな内装にしてはメニューが堅苦しいし、アンバランスだと思ってました。ヒロセさんに気を遣ったんでしょうけど」

「はっきり言うなあ」と、店長は苦笑する。

「まあ、好きなようにやらせてやりたかったんだよ」

 店長はチラシをひょいと手にとり、「あっ」と弾かれたようにわたしを見た。

「千尋ちゃん、土日のランチだけでもオフショアの調理補助入ってみる? 年明けてからの話だから、返事は急がないけど」

 オフショアには何度かホールのヘルプに入ったことがあったけれど、調理場はピリピリとした緊張感が漂っていた。

「かけもちさせて、いいように使おうとしてるだけよ。ちゃんと考えてね」

 美月さんの忠告にも耳を傾けつつ、苦笑する店長に「考えてみます」と答えておいた。美月さんが「終了」と日報を閉じる。

「よっしゃ、帰るか」

 店長の声が店内に響き、カウンターで寛いでいたスタッフが一斉に立ち上がった。そのとき、カランとドアベルの音がした。

「すいません」

 波多が慌てた様子で入ってきて、レジの中をのぞき込む。店長が訝る横で予約表を確認すると、「ミサト」とわたしの方を向いた。

「ミサト。テニス部の同窓会うちの店でしようって話になってるんだけど、いい?」

「えっ?」

「三十日なら二人とも休んでいいぞ」と、店長が言うと、「マジですか」と波多のテンションが上がる。

 うまし家の営業は三十日までで、年内最後の営業日だ。大晦日は、大掃除のあとスタッフで集まって年越しすることになっていた。

「オフショアの営業が二十九日までだから、そっちから人回せる。だから二人休んでもなんとかなる」

「予約が埋まらないうちに決めた方がいいよな」と波多は予約票に記入しはじめた。

 話は勝手に決まってしまい、わたしは気持ちの整理がつかないままだ。ユカの前で、波多とどう接すればいいのかわからない。

「電気消すわよ」

 美月さんの声で慌てて裏口へ向かった。裏の駐車場にはピンクの軽自動車が停まっている。


次回/39.きみちゃんの電話

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長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。

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