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念願の新道場オープン


       いよいよ僕自身の道場がオープンする日がやって来た。その前日は、イギリスで自分自身の空手道場がオープンするんだと思うと、興奮してなかなか寝付けなかった。まるで小学生のようだった。当日は朝早くから目が覚め、夕方5時くらいまでなかなか落ち着かなかった。5時半を少し回った頃になって、空手着やキックミットなどを持ち、グレイスの家まで車を走らせた。グレイスと一緒にサンドイッチの新道場に向かうことになっていた。ジョージが気を利かせて、グレイスに僕を手伝うよう頼んでくれていたのだ。僕はグレイスがいてくれるので安心して新道場に向かうことができた。車は僕のプジョーで行くことになっていた。30分くらいかけて新道場に到着すると、ジムのフロント前には、すでに空手を始めるために来ているような人達が10人くらいスポーツバッグを携えて待っているように見えた。でもそれは希望的観測というものであって、実際は本当に入門者が来てくれるのか不安だった。

        時間はすでに6時半を回ったところだった。道場の使用は7時からなので、その時間になるまでは僕も中には入れないのだ。取り敢えず、僕は空手着に着替えるためロッカールームに行って着替えをした。着替え終えて、フロントに戻ろうとしたら、ジムのスタッフが気を利かせて僕をジムの中に入れてくれた。グレイスはすでに長机を用意して、会員登録用紙も準備してくれていた。

  ちょうどその時、ジャックがミットを抱えてやって来てくれた。僕とスパーリングをしてから、やけに僕をリスペクトした態度で接してくれるようになった。オリバーも同じだった。オリバーは来たいと言ってくれたが、家庭の事情で来られないとのことだった。会場には、すでにもう30人ばかりの入門希望者で溢れかえっていた。グレイスは早速入門希望者に登録用紙の記入を求め、レッスン料を徴収し始めてくれていた。

   僕はとてもありがたく感じていた。異国の地で、現地で知り合ったばかりの友人が僕のためにこんなに協力してくれるとは思わなかったからだ。ジャックはジャックで、

「記入し終わったら、横3列に並んでください」と何度も大きな声で叫んでくれている。
   ありがたいと感じながらも、僕自身は何も指示を出せていないのでもどかしく思った。次回からはもっと自分から声掛けしていこう、と決心した。

   一通りの手続きが終わって、もう彼らは横3列に並んでいる。彼らはまだ空手着がないのでそれぞれがスポーツウエアを着ている。中には以前に空手を習っていたのか、空手着を着ている10歳くらいの女の子もいる。胸には日本語で「現実会」という刺繍があった。不思議な日本語だ。どこかのイギリス人道場主が日本語で勝手に作った道場名だと確信した。入門者はこのような小学生の男女だけでなく、高校生か大学生に見える男女や、30代、40代くらいに見える大人までいた。この日はオープニングセレモニーなので、普通の稽古はせず、まずは僕の空手はどの程度のものなのか見てもらうのが目的でもあった。

   僕はかなり緊張しながらも彼らの正面に立ち、

  「押忍、自己紹介させてください」と言って、英語で簡単に自己紹介をした。その後、ジムの端に散らばってもらって、ジャックとのスパーリングを披露した。前回とは違い、僕も本気ではなく、技を見せることを主眼にジャックに対して大技を仕掛けていった。上段回し蹴りや後ろ回し蹴りを多用した。ジャックもそのことは理解していて左右の上段回し蹴りを放ってくる。僕はすかさずそれを捌いて左右のボディーへのパンチと共に左右のローキックをお見舞いする。そして最後は右足で飛び後ろ回し蹴りを放った。1分くらいしたところで終了すると、 

  「皆さん、ご覧になったように、彼はベリーストロングなんですよ!」と、ジャックはそう言って僕を褒め称えて宣伝してくれた。つい先日、男同士がガチンコでぶつかり合ったのに、その後何のわだかまりもなくお互いをリスペクト出来るのは素晴らしいことだと再度実感することができた。

   その後は竹刀の先端に小さなビニール製のボールを紐でくくりつけて、ジャックに竹刀を持ってもらい、そのぶら下がったボールを僕が飛び蹴りで蹴るというデモンストレーションだった。ジャックには椅子の上に立ってもらい、竹刀を持ってもらった。吊るされたボールは約2メートル40くらいの高さに調整してもらい、僕は気合を入れて、まずは飛び上段蹴り(二段蹴り)で蹴った。蹴られたボールは勢いよく上の方に跳ね返り、周りから大きな拍手が聞こえる。そしてさらにもう一本、今度は飛び後ろ回し蹴りだ。僕はこの試技しだいで新道場の命運は左右されるかもしれないと思い、さらに気合いを入れて

  「セイヤー!」という掛け声と共にボールを蹴った。さっきよりも勢いよくボールが上に跳ね返り、竹刀の先でグルグル回った。見ていた新規入門希望者達から、

  「オー!」という歓声の後、より大きな拍手があった。それからまた入門希望者たちを横3列に整列させ、軽く整理運動をし、2,3の基本稽古をしてこの日の稽古は終了とした。終わってから空手着を注文したいという入門希望者が何人もいて、僕とグレイスで希望サイズをメモするなどで大忙しだった。

 結果的にオープニングセレモニーは大成功だった。グレイスもジャックも
  「きっと今後も成功しますよ!」と声を揃えて言ってくれた。僕自身も成功の自信が手応えとして十分にあり、少しほっとしていた。祝杯をあげたいくらいの気分だった。ところがその後、この思いがズタズタになるとは思いも寄らなかった。




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