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随筆『アーマロおやじ』

(2023年8月23日暑い夏の水曜日の午後に執筆)

小学生の頃の不思議な言語感覚について
書いておきたい。

わたしが小学生の頃に
同じ教室の子が
謎の言葉を叫び続けていた。
わたしはその光景を
いまでも想い出す。

彼らはいつも二人一組で
その言葉を叫びながら
わたしと一緒に遊具で遊んでいた。

「ぺ~ん」と叫びながら
遊具から手を放し
遠心力によって弾き飛ばされてゆく彼らの勢いに
わたしは圧倒されていた。

ひとりが「ぺ~ん」と叫ぶときは
必ずもうひとりも「ぺ~ん」と叫ぶ。

気がつくとわたしは
ふたりの「ぺ~ん」に囲まれている。
そしてわたしは
なぜか馬鹿にされた気分になる。

たしか
「ぺ~ん」と叫ぶ以前の彼らは
「るんぺん」と叫んでいたはずだ。

「るんぺん」はホームレスという意味だったと思う。
そこから転じてというか
略したのか分からないけれど
「ぺ~ん」を叫ぶようになったに違いない。

そういうわけでわたしには
「ぺ~ん」を追求する気があまりない。

問題は
「アーマロおやじ」である。

「アーマロおやじ」に関しては
ずっと分からない。

彼らはたしか
「アーマロおやじがやってくる」とか
「~がやってきた」と叫んでいたはずだ。

わたしは長年の疑問を晴らしたかったので
彼らのうちのひとりに
そのことについて尋ねたことがある。

わたしたちは偶然にも
同じ会社に所属していた。

しかし
彼と同僚であった数年間のあいだ
なぜすぐにその質問をしなかったのだろうか。
それはわたしが
自分で答えを出したかったからなのだと思う。

その数年間のあいだに
彼には子どもができた。
つまり
わたしにも子どもがいてもおかしくない。
もはやお互いに
「おやじ」と呼ばれても仕方がない年齢になってしまっていた。

だからわたしは彼に聞いてみた。
「アーマロおやじってなに」と。

彼は沈黙していた。
わたしは「アーマロおやじ」と叫んでいたのが
彼らだということを説明した。
彼はうつむいてそれを聞いていた。

「言って……ないよ」
彼はわたしにそう告げた。
わたしは彼に「アーマロおやじ」の記憶を
想い出して欲しかったので
「ぺ~ん」についても説明した。

しかし
彼は「言ってない」の一点張りだった。

なにがかつての彼を突き動かしていたのか。
そしてなぜいま彼は沈黙しているのか。
わたしの説明を聞きながら
あざけり笑う彼の横顔を
わたしは忘れない。

ちなみにあの当時は
わたし自身も
わけの分からない言葉を連呼していた。

「ぱんぷきんドカン」をリズミカルに連呼していた。
「てーてれってててってーてれっててて」と歌いながら
ガニ股で反復横跳びを繰り返しながら
胸の前で両手をぐるぐると回しながら
らせん状に前進しながら踊っていた。
いや
踊りながら前進していたのかもしれない。

そのことについて
「もしも幼なじみの誰かから尋ねられたら」と想いながら
わたしは興奮する。

「どんな意味があったのか」とか
「なぜあんなことを」などと
問われたときのことを想像する。

いずれにせよ
楽しそうな言葉と動きを
同時に繰り返せば
楽しいはずなのだ。

それはいまも変わらない。
やってみればいいだけのことなのだ。

アーマロおやじが分からないのであれば
アーマロおやじになればいいだけのことなのだ。


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