シングルマザーのお母さんへ

西粟倉村では、午前の部で子育てに関する座談会に参加した。終了後に、シングルマザーのお母さんだという方から、子育てについてどんなことに気を付ければよいか、という相談を受けた。その時にはうまくお話ができなかったのだけれど、私のツイッターをお読みだということなので、改めて考えてみたい。

私の知る限り、シングルマザーの子どもはほぼすべてと言ってよいほど、親思いのいい子に育っている。シングルマザーの母親は、生活のために働かざるを得ず、子どもと十分に遊んでやれない、相手してやれないつらさを抱えていて、子どもに申し訳ない、という気持ちを抱いている人が多い。

でも、子どもは本当によく分かっている。お母さんがすごく頑張っていることを。だから、早くお母さんを楽にさせてあげたいと考えるし、早い段階から社会に出ることを想定するようになる。シングルマザーの子どもはしっかりしていることがほとんど。「ええ子やなあ」と感心することしきり。

ついつい親は、子育てでは「与える」ことが大切だと考えがち。シングルマザーの方は、子どもに愛情を「与える」ことが不十分なのではないか、もっと時間と手間を子どもに「与える」ことが必要なのではないか、と不安でおられることが多い。でも、子どものことを考えるその気持ちは十分子どもに伝わる。

「与える」以上に、実は重要なことがある。それは、親の足りない部分を子どもに無理のない範囲で補ってもらうこと。そのことが、子どもを劇的に成長させる。
昔、NHK「あさイチ」という番組で面白い実験が行われたことがある。交差点では止まりなさいと叱っているのに毎回飛び出してしまう子どもたち。

そうした落ち着きのないお子さんたち。その親に目隠しをしてもらい、子どもに「君が親を安全に道路を渡らせてあげてね」と伝えた。すると、いつもなら左右もろくに見ずに道路に飛び出す危なっかしい子どもたちが一人残らず、左右を念入りに確かめた後、目隠しして見えない親の手を引いて慎重に道路を渡った。

ついつい親は「与える」余裕があると与えてしまう。交差点に近づけば「飛び出しちゃいけないよ!いったん止まりなさい!」と、子どもがそうする前に先回りして注意する。しかしこうして先回り型「与える」ばかりをしていると、子どもは「自分が注意しなくても親がやってくれる」と考え、不注意なまま。

注意力のアウトソーシング(外部委託)を、親にしてしまう。これは、親が「与える」ことをしすぎて、子どもの成長を妨げている面がある。でも、親が目隠しで前が見えず、道路を安全に渡るには自分が頑張らなくては!となったとき、子どもは急にしっかりする。

シングルマザーの子どもが、しっかり者で優しい子に育つのは、自分が親に「与える」側になりたい、早くお母さんを楽にさせてあげたい、という気持ちを強く持つからだと思う。だから、シングルマザーのお子さんは、しっかりした優しい子に育つことが多い、と私は考えている。

だから、シングルマザーのお母さんは、あまり心配しなくても大丈夫、と伝えたい。お母さんが頑張っていることは、十分子どもに伝わっている。たとえ子どもと遊んでやる時間が短くても、その理由を子どもは十分理解している。だからこそ、優しい子に育つのだと思う。

その上で、あえてシングルマザーのお母さんに「子育てで気をつけること」があるとすれば。それは「自分に優しくしてあげてほしい」ということ。
シングルマザーのお母さんは頑張り屋さんが多い。仕事も手を抜かず、子育てもできるだけのことをしよう、と毎日気を抜かずに踏ん張っている人が実に多い。

そのために、休んだり遊んだりすることに罪悪感を持ってしまうお母さんが多い。そんな時間があるならもっと仕事をしてお金の余裕を作った方がよいのでは?とか、子どもと遊んでやった方がいいのでは?とか。自分で自分を追い詰めがち。でも。

人間は、時には休み、時には遊んで息抜きをしないと、笑顔を失ってしまう生き物。頑張りすぎると心が擦り切れてしまい、笑顔を失ってしまう。笑顔を失ってしまうと、子どもは何より心配する。子どもが不安定になる。そこでシングルマザーのお母さんは、また頑張ってしまう。

必死になって笑顔を作ろう、維持しようとしてしまう。でも、繰り返すけれど、人間は時に休まないと、気晴らしをしないと、どうしても笑顔を保てず、失ってしまう生き物。だから大切なことは、「自分のために」余裕、ゆとりをこじ開け、時には休み、気晴らしをする時間を確保する必要がある。

そのためには、部屋が少々散らかろうと、掃除が行き届かなくても、食器をすぐに洗えなくても、それをせずにちょっと休憩する自分を許してほしい。自分にささやかな休息や気晴らしをする余裕をこじ開けてほしい。自分に優しくしてほしい。

とはいえ、シングルマザーの境遇はそれをなかなか許してくれない。仕事はパートくらいしかなく低賃金、生活がやっとでダブルワークをしている人も多い。そうするとますます時間を失い、自分のための時間を確保するのが難しくなり、笑顔を失いやすくなる。

大変な境遇の中で、これを求めるのは大変酷なこととは思うけれど、それでもなんとか、ほんの少しの時間でもよいから、自分のための時間、自分が休み、自分が気晴らしする時間をこじ開け、確保してほしい。そうすることで、笑顔を保てるようにしてほしい。

シングルマザーの方が子育てで注意すべきこと、それは笑顔でいられる自分を確保すること。そのためには、自分に優しくすること。しんどくなる自分、休みたくなる自分、遊びたくなる自分を許し、そのための時間をほんの少しでもいいから確保する。そんな自分を許し、愛する優しさを、自分に向けて。

子どもは、お母さんの笑顔が大好き。短い時間であっても、お母さんが笑顔でいてくれるなら、子どもは安定する。笑顔でいるためにも、お母さんは、自分のための時間をこじ開け、確保するようにしてほしい。そのためには、自分に優しくしてほしい。

NHK朝ドラ「カーネーション」の主人公のモデルとなった、コシノ三姉妹の母親、小篠綾子さんは、仕事漬けの毎日で子どもの相手をほとんどしなかったという。ところが3姉妹の誰も、母親の愛情を疑ったことはなかったという。寂しいとも思わなかったらしい。なぜか。

これはこの子にとって重要な案件だ、となると、小篠さんは仕事も姉妹の他の子のことも全部脇において、目の前の子どもだけに全集中し、向き合ったという。一日の短い時間であっても、そうした全集中した時間を公平に与えられた娘たちは、不公平感も感じず、愛情も疑わずに済んだという。

こうした接し方を、NHK教育のとある番組で登場した教育学者の言葉を借りると、「公平の偏愛」というらしい。いざ、その子と向き合うとなったら、他のことを全部頭から追い出して、その子を見つめる。そうした「偏愛」を、兄弟姉妹のどの子にも振り向けるなら、短い時間でも「公平」を欠くことはない。

シングルマザーのお母さんは、もし複数の子どもを育てているのなら、この「公平な偏愛」に気を付けるとよいかもしれない。その子の問題に向き合うとなったら、すべてのことを頭から追い出して、目の前の子に全集中。こうした全集中の時間を、短くてもどの子にも注ぐなら、不公平感は生まれにくい。

母一人、子一人の場合もそう。その子に何かが起きて向き合う必要が出たとしたら、頭から他のことをすべて掃き出して、目の前の子に全集中。それが短い時間でもできさえすれば、子どもは愛情を疑わない。寂しさを感じずに済む。だって、いざとなればお母さんが全集中してくれるのだから。

こうした「全集中」をできる自分でいるためには、自分に優しくし、自分に少しでもいいから休んだり遊んだりする時間をこじ開けておく必要がある。つまり、自分に対して優しくある必要がある。自分に優しくして、休みも確保し、気晴らしもする。それによって、全集中を短時間でも可能にする自分を確保。

ただ、私が塾を主宰していたころと違って、シングルマザーの置かれている状況はさらに厳しくなっている。辻由起子さんから伺うお話だと、経済的困窮が尋常ではないケースが増えている。現在、賃金を上げる動きが進んでいるが、事情あってシングルマザーとならざるを得なかった人たちも、

少しでも笑顔で生きられる社会であってほしい。そして、笑顔を皆が保てる社会であってほしい。それが子どもの笑顔を保ち、社会を健全に維持する重要な要素と思われるから。

追伸。
ここに書いたようなことも、病気を抱えていたり、精神的に追い詰められるような状況があると、とても実践できない事例が少なくないことを、辻由起子さんからよく聞かされている。そうした人たちに、子育てをするゆとりさえも与えられない、子育てに非常に厳しい社会。そんな社会の中では、

母子二人で生きているというだけでもすごいことだと思う。それだけで精一杯、という自分も許し、愛してほしい。自分に優しくしてほしい。
できれば、第三者である私たちは、少しでも母子に笑顔でいてもらえる社会にできるように、努力していけたら、と願う。

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