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澪標 [完結]

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「ピアノを拭く人」の番外編です。彩子の同期 鈴木澪が主人公で、コロナ禍の恋愛も描いています。
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#黒豆茶

澪標 9

澪標 9

 あなたの奥様と息子さんが大阪に里帰りする週末、外出しないかと誘われた。奥様には、空き家になっている新潟の祖父母の家のメンテナンスに行くと言っておいたらしい。

 千代田線の根津駅で待ち合わせた。あなたは、黒縁眼鏡、濃紺のパーカーにベージュのチノパン、黒いスニーカーというカジュアルないでたちで現れた。どれもあなたの身体に気持ちよく馴染んでいて、普段着さえも、納得したもの以外は身に付けないこだわりを

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澪標 10

澪標 10

 久々に彩子が出張してきて、竹内くんと 3人で同期会を開いた。1軒目で仕事の話をし尽くし、2軒目の話題は自然に恋愛話に流れた。

 ハワイアンミュージックに乗って流れる、ローカルラジオのハワイ英語が耳に心地よかった。

 コナビールで乾杯を済ませると、竹内くんが彩子に気づかわし気に尋ねた。「水沢さん、電車大丈夫? そろそろ10時回ったけど」

「彩子は、彼氏の家に泊まるから問題な~し!」彩子が答え

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[短編小説] 東雲の幻

[短編小説] 東雲の幻

※ 扉絵は、さくらゆきさんの作品です。さくらゆきさん、ありがとうございました。

 院内の見回りを終え、私はようやく最上階の師長当直室に戻れると大きく息をついた。看護師になりたての頃は、くたくたでも駆け上がれた階段だが、還暦まであと数年の脚にはこたえた。

 階段を登りきると、窓の向こうに桜色と空色のパノラマが広がっていた。 思わず息を飲み、歩みを止めた。たなびく雲は朝日を浴びて淡い桜色に染められ

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