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鬼タイムトラベル

桃太郎の放った強烈な一太刀は、大鬼の胸壁を削り、心臓を裂いた。青い血が辺りに飛び散り、激痛が一瞬遅れて脳に届く。痛みに身をよじって吠えるが、やがてその痛みさえも遠のいていった。鬼ヶ島には沢山の鬼の遺体が転がっていた。その遺体の山に大鬼も倒れる。たった一人の人間に負けた。これだけの数の鬼が。
薄れゆく視界の中で大鬼は思った。「もしも過去に戻れたら・・・」と。



その瞬間、脳内に大きなベルの音が響いた。何かを祝福するような音だった。
「では、一週間前に戻っていただきましょう」
優しい声が耳元で囁いた。その正体を見ようと大鬼は首を動かす。
目が合ったのは小さな天使だった。自分の顔ほどの大きさしかない天使。笑っていた。その天使が可愛らしい杖を大きく振る。シャンシャン、と鈴の音が鳴った。


次第に懐かしい仲間たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「親分、何をボケッとしてんですか」
聞き覚えのある声に目を開くとそこは鬼ヶ島だった。楽しそうに酒を飲んでいる鬼たち。まるで桃太郎の襲来などなかったかのような賑やかさだ。
大鬼は切り裂かれたはずの自分の胸に触れた。血は出ておらず、傷口もない。激痛もない。
「一週間前に戻っていただきましょう」という小さな天使の声が響いた。あれは夢でも走馬灯でもなかった。
それなら今日は、桃太郎が攻めてくる一週間前ということになる。
「酒を飲んでる場合じゃないぞ」
声が思わず大きくなる。周りの鬼たちが酒瓶を置いてこちらを見た。
奇跡か何か分からないが、戻ってきたのならやることは一つだ。桃太郎を倒さなくては。でも、どうすればいい?あいつは家来を連れていた。犬、サル、キジだ。あいつらさえどうにかすれば、桃太郎一人なら倒せるかもしれない。
大鬼は膝を叩いて、野太い声で叫んだ。
「よし、お前ら、ようく聞け。これから一週間後に桃太郎という人間が攻めてくる。そいつらの家来の動物が近くの森に潜んでいるはずだ。そいつらを倒せ」
鬼らは半信半疑だったが、鬼ヶ島で一番強い大鬼の命令に背く鬼はいなかった。


一週間後。
罠を作り、武器を揃え、桃太郎の襲撃への準備は完了していた。手下の鬼からは森にいた動物は全て倒したと報告を受けていた。
「これから桃太郎のという人間が攻めてくる。小さいが力強く、剣技がうまい。人間だからと言って侮るな。気を引き締めて戦え」
鬼たちの指揮を高めようと大声で怒鳴った。


太陽が真上に登った頃、遠くに桃太郎たちが見えた。その姿に大鬼は頭を抱えた。犬、サル、キジ動物と出会えなかった桃太郎が、まさか他の動物を仲間にしてくるなんて。
「どうしたんですか、親分」
鬼たちが心配そうに棍棒を抱えている。その姿はどうにも頼りない。


桃太郎の後ろについてきていたのは、トラ、ゴリラ、ワシだった。

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