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献血ちゃん


献血に行ったら、なんとなく見覚えのある係の人がいた。

 

久しぶりの献血ルームは前と雰囲気が変わっていなくて、ああそうだった、こんな感じだった、と導線を思い出す。
事前の血液検査で、貧血でできなかったことがこれまで何度かあるけれど、今回はOKだった。

 

成分献血で450mlくらい。まとまった体液を一度に提供するぶん、水分補給はしっかり促される。
ドリンクサーバーであたたかい紅茶を飲む。
炭酸のレモンジュースやココアなど、いつも飲まないドリンクをお代わり。
ドリンクサーバーの隣にはお菓子コーナーがあり、「ばかうけ」というウケる名前のせんべいに再会、おお久しぶり!
ばかうけチーズ味、ばかうけゴマしょうゆ味、ばかうけ青のり味、美味しい。
ビスコもあいかわらず美味しいな。
ふだん食べない種類のお菓子や飲み物を飲むうちに、だんだん思い出してきた。

 

そうだった、そうだった。こんな感じだった。
むかし献血によく行っていた。

 

かつて福岡の中心地にイムズという商業施設があって、8階の献血ルームがいきつけだった。
お金もないしやりたいこともないし、ひまなのもあって、仕事帰りや休日に献血ルームによく立ち寄った。
いつもは飲まないコカコーラを、ドリンクサーバーでお代わりして飲んだ。
地元にはファミレスがなくドリンク飲み放題もなかったので、太っ腹だなと感動した。

 

献血前は、事前検査や問診、水分補給タイムがあるので待ち時間がある。
血を抜いた後も、同じように水分補給としばしの休息をうながされる。
なので献血の前後にかならず、ぼーっと、じーっとするひとときがある。
専用の休憩スペースで、ドリンクのお供に提供されるビスコやばかうけを食べて、よくぼんやりしていた。

 

大きな窓に面して細長く設置されたカウンター席で、福岡市役所前の広場を眺めたり雑誌を読んで過ごした。
14階建てのイムズは大きな吹き抜けが高層階まで貫く開放感ある設計で、円柱型した透明エレベーターが3基、どのテナントからも見える。
迷子気質のわたしもここなら迷わないでいられて、ささやかな自信をくれたビルだ。
イムズは都市再開発で数年前に取り壊されてしまったけれど、たぶん福岡でいちばん好きなビルだった。


献血ルーム以外にも、好きなお店や施設がイムズにいくつもあった。
福岡在住の外国人とコンタクトを取りたい人むけの情報プラザがあって、英語で書かれたフリーペーパーやパンフレットに触れたのもその場所だ。
壁一面に掲示板があり、譲ります / 売ります / 外国語教えます / 教えてください / イベント案内 / シェアメイト募集など、いろんな情報がメモで貼られていた。

 

一人暮らしをしていたころ、ここの掲示板で見つけた中古の電子レンジを中国人女性から譲ってもらった。
連絡先を係の人に教えてもらい、コンタクトをとった。
彼女は結婚で部屋を引き払うそうで、引越し前の部屋まで取りに行った。
いま思えば、よくあれを一人で歩いてマンションまで運んだな。
タクシー利用も、誰かに頼って車を借りる発想もまるでなかった独身の頃の話。
あのひと元気かな。元気だといいな。
今も電子レンジは元気に回っています。そう、回るタイプ。

 

ちなみに献血によく行っていた理由は、献血に憧れていたから。
子供の頃に難治性の病気にかかり長いあいだ治療していた関係で、献血が可能な年齢になっても献血できなかった。
「献血で救える命がある」
献血ポスターを眺めては、自前の体で救えたらいいのにと思っていた。
十数年後、とうとう手術に踏み切り献血できるようになった。
それがうれしくて、しょっちゅう行っていたのだ。ドリンク飲み放題だし。

 

イムズから移転した新しい献血ルームにも数回行ったけれど、いつからか忙しくなり献血習慣がなくなった。
加えて、2023年夏に地球一周した船を下りてからしばらく体調を崩していた。
誰かを救いたいならまず自分を救ってからだ。
体調を崩している間は、ますます自分のことしか考えられなかった。


船を下りて一年以上経ち、献血に足が向いたのも流れが変わってきたのだろう。
献血という「親切」の行動オプションがあることを思い出した。
身ひとつでできて、自己満のいいことした気分にもなれ、おそらく誰かの役に立てて、献血できるくらいの健康を確認できて、ばかうけ食べられて。
いいじゃないか献血。

 

ひさしぶりに移転先の献血ルームに行くと、見覚えのある顔があった。
相手は憶えていないだろうけれど、わたしはそれですこし安心した。


いつまで献血できるかわからない。
献血のリミットは69歳までだそうだが、上限年齢まで献血できるかもわからない。
逆にいつ、どこで、献血を必要とする身になるかもわからない。
だからまた行こう。


献血カードに記載された献血回数は39回だった。サンキューや。

 

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