愛とはお互いを見つめあうのではなく、共に同じ方向を見つめることだ。
フランスの作家であり、操縦士であったサン=テクジュベリの言葉です。
20歳くらいの頃この言葉を知り、衝撃を受けた覚えがあります。
受け取り方は人の環境や状況によってさまざまですが、何より考え、自分なりの解釈を見つけることが大切だと思います。
ここからは私が受け取った自分なりの解釈を書きたいと思いますが、意見が合わない方もたくさんいると思いますので一つの意見として考えるきっかけにしていただけたらと思います。
まず、恋愛…。たくさん好きな人を作って良い思い出を作り、たとえ失敗して傷ついたとしても、そこから学んで成長することが大切だと思います。
若いころはすぐ恋に落ちました。今思えばその時本当に好きだったのは容姿だけだったのか、性格が良かったからなのか、ただ人気があったから好きになったのかわかりませんが、自分はさておき、相手にばかり求めてしまい、束縛したり嫉妬したりして失敗したものです。
20歳の時にこの言葉に出会い気づかされました。
「束縛や嫉妬するのは、自分に都合よく相手を考えていたからだ。相手の本当の気持ちを裏切っていたのは自分だ」と、なんて馬鹿のことをしていたんだ。とその日から自分本位の恋愛は止めようと努力しました。一つ一つの恋愛を経て、少しずつでも人間として男として成長しなくてはと…
その考えは正解だったのかわかりませんが💦
恋愛で様々な経験、価値観、恋から愛というものを学び本当の愛を見つけた時に結婚するのかもしれません。
結婚とは、違う文化・思想・家族が一緒になるものですよね。いわば、キリスト教とイスラム教が一緒になるようなものです。
どちらかが、結婚したんだからキリスト教になりなさい!とかイスラム教に染まりなさい!といっても無理な話です。
お互いの良いところをリスペクトし、悪いところをフォローし合い、融合し二人の新しい世界・文化・家族を作っていくことなのかもしれませんね。
そのためには、恋愛の時のようにお互いを見つめ合っているだけでなく、お互いの夢や目標を尊重し合い応援し合い、いずれその夢や目標が自然と二人のものになっていけるような関係になるといいですね。
一つだけ結婚に対するアドバイスをするならば、
「お互いの大事に思っている事を大切にしてくれる相手」だと思います。
最後に
お互いを見つめているだけでは、視野が狭くなり本当の自分も相手も見えなくなります。だから何時かほつれができると崩壊が始まります。また、恋愛とは別れの始まりという前提もあるのかもしれません。
容姿や性格などは、時間と共に慣れていきますがお互いへの思いやりは無限に広がります。その思いやりを作り出す要素はお互いの夢や目標をお互いに応援し支え合うことかもしれませんね。お互いに同じ方向とはお互いの夢や目標を尊重しあい思いやりを育むことと私は受け取りました。
仕事においても全く同じことが言えると思います。
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