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ディオールは、どんな書体をつかっているの?

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


ブランドと書体

デザイナーではない方が、知ると少し驚くのではないかと思うことのひとつに、多くのブランドが既存の書体をロゴやブランド用の書体として使っている、ということがあります。「え?一流ブランドなのにオリジナルで作っていないの?」と思う方もいるのではないでしょうか。実は、既存の書体を使っているブランドや企業が多くあります。その理由を説明するためにわたしはクライアントたちに以下のような喩えを紹介しています。

“ひとは自分の個性を伝えるために、自分で作った服を着るでしょうか?”

自分の価値観を伝えるために手作りの服を着るのか?

見た目を多少以上は気にする方々は、何かしらのブランドを選んで服を買って着ているはずです。

スーツにしろ私服にしろ「自分の価値観」を手っ取り早く伝えるのが服、髪型などの見た目

ユニクロ、マルジェラ、シャネル、ディオール、グッチ、プラダ……どのブランドでもメーカーでも選ぶとき、なんらかの理由があります。または「見た目は気にしない」という思想も見た目に反映されます。服だけではなく、時計や靴、車、または住む場所も自分の価値観や見せたいステータスに関連して選ばれているはずです。それが功を奏するか否かはさておき、わたしたちがこのようにして着るものを選ぶのは、受け手と共通した認識をブランドが保持しているからです。Gショックとオメガでは、意味や印象が異なるはずえす。そしてそれらは機能以上にあるものを持っています。それは「記号」です。これは発信側と受け手で同じものを持っていないと意味がなくなるものです。

つまりわたしたちは、有り体に言えば「記号」を着ていると言えます。

この記号をオリジナルで作ってしまうとどうなるでしょうか。プロ並みなクオリティのものであり、かつ既存のデザインと近ければ、「◯◯っぽい」という印象が形成されるでしょう。

しかしデザインはどのブランドとも似ていないオリジナリティが高いものな場合、どうなるでしょうか。受け手は、この「読めない記号」に対して

ユニークで見慣れないモノ

として認識します。そして人は見慣れないものに対して不信感を持ちます。予想を超えた行動をする、怖い存在として捉えます。これが、わたしたちが、自分の価値および価値観をまわりに伝えるために、オリジナルで服を作って着ない“機能的な”理由です。作るのはかなり骨が折れるので労力的な理由ももちろんあります。しかしデザイン、ブランド、そしてアートですらば、理解できる範囲に収めないことにはメッセージが機能しないんです。個性って、実はそんなに大事じゃないんですね。マーケットは大事なんですけど。

既存の書体を使う理由

長くなりましたが、ブランドや企業体が既存の書体を使う理由は、わたしたちが服をブランドを選んで服を買う理由と概ね一緒です。まだ認知されていない存在は、「らしさ」を形成して、版図を広げ、「らしい◯◯」という刷り込みを市場にしていく必要があります。このとき、強いオリジナリティは、刷り込みを大幅に遅らせてしまいます(というケースが多い)。

誰も知る存在になってからなら、オリジナルの書体に変更してもそういった弊害はなくなります。アップルもソニーも現在はオリジナルの書体を使っています。

Dior(ディオール)

Dior(ディオール)は、クリスチャン・ディオール(Christian Dior, 1905–1957)が創立したフランスのファッションブランド。現在は、ベルナール・アルノー氏率いるLVMHの傘下(ただしクリスチャン・ディオールSE単独で株式上場しています)。

略史

1946年 創業
1947年 クリスチャン・ディオール初のオートクチュール・コレクションを開催。戦後間もない簡素な装いの時代に贅沢な素材と女性らしいシルエットで全世界に衝撃を与える。コロール(花冠)ラインは、当時ハーパス バザーUSの編集長であったカーメル・スノー氏により「ニュールックだ!」と呼ばれ、その後「ニュールック」という呼び名が定着する。
1947年 クリスチャン・ディオールは「パルファン・クリスチャン・ディオール」(香水)の創設
1957年 クリスチャン・ディオール氏がトスカーナで急逝。21歳のイヴ・サンローランが主任デザイナーに抜擢される。「トラペーズ(台形)ライン」を発表
1960年 イヴ・サンローランが徴兵により兵役に就き、主任デザイナーにマルク・ボアンが就任
1968年 パルファン・クリスチャン・ディオールがモエ・ヘネシー社(現・LVMH)に買収される。
1978年 親会社のマルセル・ブサック・グループが倒産。流通大手のウィロ兄弟によって救済され、アガッシュ=ウィログループに入る。
1984年 ベルナール・アルノー氏が、フランスの投資銀行「ラザール・フレール」と組んでマルセル・ブサック・グループを買収。
1990年 - ベルナール・アルノー氏が買収によって「LVMH」の社長に就任。ディオールはLVMH傘下となる。
1995年 メゾンアイコンバッグ「Lady Dior」が誕生。故ダイアナ妃がパリのグランパレでLVMHグループの後援により開催されたセザンヌ展を訪問された際にシラク前大統領夫人から贈られた。当時この世界でもっともメディアに注目される女性 - ダイアナ妃の公の場で愛用するバッグとして認知を広めた。元々別名での発売であったが、1996年ダイアナ妃への敬意を込めて、妃の承認の元に「Lady Dior(レディ ディオール)」と改名される。
1996年 主任デザイナーだったジャンフランコ・フェレ氏との契約期間満了後、ベルナール・アルノー氏が当時LVMHグループの「ジバンシー」のデザイナーだったジョン・ガリアーノを指名、主任デザイナーに就任。
1999年 ファインジュエリー部門のデザイナーにヴィクトワール・ド・カステラーヌが就任。
2001年 「ディオール オム」の主任デザイナーにエディ・スリマンが就任。
2007年  「ディオール オム」のエディ・スリマンが辞任。後任にエディ・スリマンの元ファースト アシスタント、クリス・ヴァン・アッシュが就任。
2011年 3月1日、ガリアーノを解雇。人種差別・ナチス賛美発言を行ったとの嫌疑で逮捕・起訴され、ディオールの名誉を傷つけたため。
2012年 主任デザイナーにラフ・シモンズが就任。
2015年  ラフ・シモンズが主任デザイナーを突然退任。
2016年 前ヴァレンティノのクリエイティブ ディクレター、マリア・グラツィア・キウリが主任デザイナーに就任。
2017年  LVMHがクリスチャン ディオール クチュールを65億ユーロ(約7735億円)で買収。ディオールが完全にLVMHの傘下となる。


ディオールのロゴの歴史

1948–現在(?)

少し前まで、ディオールといえばこのロゴでした。大文字と小文字の差が激しいこの書体は、Nicolas Cochin(ニコラス・コシャン)というフランス生まれの書体です。

Nicolas Cochinで「Dior」と打っただけの状態のもの
実際のDiorのロゴは、微妙な調節がされています。

Nicolas Cochin(ニコラス・コシャン)は、1912年にジョルジュ・ペイニョ(Georges Peignot)によってデザインされたCochin(コシャン)という書体から派生した生まれた書体です。Cochinより緩いニュアンスになっています。

Cochin(コシャン)にするとこうなります。大文字と小文字の差が小さくなりました。

Nicolas Cochinはこちら(My fonts)から購入できます。

Nicolas Cochinは、Cochinと比べるとわかりやすくなりますが、少し過剰にエレガントなんです。これはディオールのスタイル(哲学)に見事に合致する用に思えます。多少無理してでも女性がエレガントにみえるようにする、というのがわたしが思うディオールの姿勢の一端です。私見はともかく、Nicolas Cochinを使ったディオールのロゴは、創業からしらばく使われ続けます。変化が現れたのは2017年ごろ。ウィメンズ アーティスティック・ディレクターにマリア・グラツィア・キウリ氏が就任して、初のコレクションとなった、2017年春夏 ウィメンズ プレタポルテ コレクションのときに新しいロゴが登場します。それがこちら。

2018移行徐々に置き換わっていったディオールの新ロゴ
By Christian Dior SE - https://www.dior.com/fr_fr, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=120634196

このロゴは、徐々に前のロゴと置き換わっていき、現在ではこちらのロゴがディオールのロゴになっています。こちらもNicolas Cochinがベースになっているようです。しかし微調整は前よりも大胆に施されています。Nicolas CochinでDIORと表記するとこうなります。

セリフがNicolas Cochinのままだとロゴより長め。もとの「R」はさらに続くようなカーブを持っていますが、ロゴのほうは、そこで静かに終わるような動きを見せています。

その他のディオールの書体

ディオールのウェブサイトではどのような書体を使っているのでしょうか。

Dior (France)のウェブサイト表示
Source: Dior.com (fr)

ウェブサイトでの表示には、ロゴに使われいるNicolas Cochinなどは使われていません。もし使っていたらとても読みにくいものになっているでしょう。代わりに使われているのは、本文書体には、Century Gothicという幾何学的な書体です。また「CAPSULE DIORALPS」というタイトルに使われているのは、DIN Nextという、ちょっと工業的な(しかし人気の高い)書体です。

Century Gothic

Century Gothicは、1991年にデザインされたサンセリフ体です。

DIN Nextは、ドイツ生まれの工業的な書体DINが現代版に改善された書体です。この書体については、こちらの記事で詳しく書いています。


まとめ

近年、メディア(わたしたちが情報にふれる媒体)が急速に紙からスマホに取って代われていき、現在はスマホで情報に触れる機会のほうが圧倒的に多くなっています。そのため、紙を前提にした設定からスマホを前提にしたものへ変換されていきました。インクで印刷された紙よりRGBで表現されるディスプレイを重視し、大きな雑誌やポスターよりも手のひらのなかに収まる小ささが主流になりました。その結果、ファッションブランドは、視認しやすいサンセリフ体(いわゆるゴシック体)にどんどこ変わっていきました。その変化についてはこちらの記事で詳しく解説しています。

そういった変化がディオールのブランドの書体にどのように現れているのか。まずはデザイナーやクリエイティブディレクターが変わることでロゴを含めたブランディングが少し変化することがあります。ディオールの場合もディレクターが変わったことがきっかけだった可能性があります。洗練されつつもディオールの場合は、クリスチャン・ディオールのイデオロギー、スタイルが大きく継承され、Nicolas Cochinをベースにしていますが、その他の場面では、DIN NextやCentury Gothicなどの現代的なサンセリフ体が基本書体として使用されています。これは読みやすさに加えて、レガシーを保ちつつもファッションブランドの宿命である「アップデート」をばっちりやってますぜ!というニュアンスの体現でもあります。「歴史があるのに新しい」という姿勢が、ファッションにしろ、その他のブランドにしろ求められる理想の姿であることが多い。その按配は、ブランドや企業によって異なりますが、ディオールの場合は、こんな感じです。

このように書体からブランドの姿勢や意図を汲み取ることもできたりします。なので、ファッション好きな方なら書体についてちょっと知識を増やすとブランドの理解が深まった世界が広がるのではなでしょうか。


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参照



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