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ガチでグローバルなソニーの書 “SST®”

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


企業やブランドが持つオリジナルの書体

前回、スターバックスのオリジナル書体を紹介しました。

このように、企業やブランドがオリジナルの書体を作って使うケースはけっこうあります。今回はそのなかから日本のグローバル企業、ソニーのオリジナル書体を紹介します。

オリジナルの書体を作る、使う意味

前回も触れたので、今回はおさらい程度に企業・ブランドが「オリジナルの書体を作る、使う意味」について解説したいと思います。書体はある意味、服に近いもものです。ファッションブランドが持つ哲学をわたしたちは拝借して身につけ、自分の思想や哲学や価値観を“体現”、つまりシグナルにして、まわりの人間にそれを伝えています。それは意識しない場合でも。服に興味がない場合でも、それが記号になります。そういう意味では、見た目はとても重要です。

ちなみに「人は見た目が9割」という著書や主張がありますが、そこで根拠に使われる「メラビアンの法則」ですが、実態と使われ方にずれがありますので、ご注意したい。「メラビアンの法則」は、アメリカの心理学者アルバート・メラビアン(Albert Mehrabian、1939– )の著書『Silent messages(非言語コミュニケーション)』において、人が相手の顔をみて接する状況において、印象を形成するののに、(1)言語、(2)声、(3)見た目の3要素があり、これらが矛盾している時、なにが印象を形成するのかという研究の結果を紹介したものです。それによる、見た目が55%、声や口調が38%、言葉の内容が7%でした。だから見た目が大事!という言われがちですが、メラビアン本人もそういうわけじゃないと解説しており、これは、3要素に矛盾があるときの場合についての話だよ!と断っています(※2)。

さて、書体は服装であり、その見た目を見て、人は、言語を話している人が(つまり文字を扱う主体)がどんなニュアンスなのかを買得しています。常に同じ服を着ている人は、その人を同定しやすくなります。だれもがスティーブ・ジョブズを思い浮かべるとき、イッセイ・ミヤケ氏がデザインしたタートルネックを着た姿の彼を思い浮かべるように、変わらない見た目は、強固な記号になります。すでに広く深い認知を獲得した場合、このような唯一無二のイメージに昇格する権利を得ます。認知が足りない場合は、オリジナルの見た目は、「どこに所属する誰」かわからない存在となり、認知の浸透を阻害します。しかしアップルやマクドナルド、ナイキなど世界中で認知されきった存在なら記号化は、よりスピーディーに、より合理的に、より強く認知される「記号化」が可能なります。

おさらい程度と断ったのに、むしろ長くなりすぎました。まとめるとオリジナルの書体の目的は、強固な同定力です。同定とはアイデンティファイ(それをそれと分かる)する力です。

ソニーのオリジナル書体、SST®

SST
By Nikon1803 - Own work, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=109117272
SST
source: Myfonts

ソニーは、オリジナルの書体を作って使うようになるまでヘルベチカ(Helvetica)という世界的に有名な書体を使っていました。

Helvetica
source: Myfonts

しかしヘルベチカを使うメリットは、ヘルベチカが持つレガシー(記号化した哲学)を使える点ですが、一方でデメリットは、主体が持つ哲学との間にギャップが有ること、それにたとえば日本語になったときには、ヘルベチカは使えなくなるので、記号化を意図した印象がブレる、という点です。ソニーは、思いました。

“もう、どこにいっても、わたしであると認知されたい。それも気持ちよく。すーっと馴染むように”

わたしの推測

そこで、英語圏だろうが、アラビア語だろうが、日本語だろうが、印象が一緒になる最高にグローバルなソニーのオリジナル書体を作ってしまおう!ということで生まれたのが“SST®”という書体です。

SST
source: Myfonts

完成したSST®という書体は93の言語をサポートしています。ざっくり言って、世界中のどこでも、ソニーの印象を統一できる書体が生まれたことになります。デザイナーは、ドイツに住む日本人の書体デザイナー、小林 章さん。

小林 章氏
source: Sony

小林章さんは、何かとすごいのですが、グラフィックデザイナーなら知らないと潜りな書体デザイナーの巨匠、フルティガー氏やツァップ氏と協業しているところ。そこから、彼のどれくらい高いレベルの書体デザイナーなのかが伺えます。いつか別の機会に小林章さんの凄さにフォーカスした記事を書きましょう。とりあえず身近なところにも小林章さんの仕事の成果があります。それは、元マイルドセブンというタバコ、現在は「メビウス」という名前のタバコのロゴです。

タバコ「メビウス」のロゴ
この文字部分(ロゴ)をデザインしたのが小林章氏

いっぽう、ソニー側のディレクターは、福原寬重氏。

福原 寬重氏
画像引用:Sony CSL

彼ら二人がリードするクリエイティブチームで、このSST®という書体のプロジェクトを完遂しています。

SST®が目指したのは、硬質感と可読性

ソニーは、商品名が硬質なプロジェクト名のようなものが多いブランドです。たとえばこちらのスピーカーの名前は、SRS-XB23。

SRS-XB23
画像引用:Sony

このような硬質さが、ソニーというブランドには含まれています。そしてSST®を使うまでは、ヘルベチカを使ってきているので、そのイメージからあまり離れたくもない(ソニーは、ヘルベチカに硬質を認めていたということです)。しかしアップルの書体の記事でも触れましたが、ヘルベチカは小さくすると可読性が悪くなります。それも解決したい。ということで、硬質なヘルベチカと可読性(と世界的に認められているというレベルの高さを)を持つFrutiger(さきほど触れた、小林章さんが協業したフルティガーさんの代表的な書体)という書体を参照して、この二つの良いとこ取りした書体をSSTチームは目指すことにしました。

Frutiger (Neue)
source: Good Design Award

加えて、地域的な普遍性だけでなく、時代的な普遍性を目指しました。時代が変わっても使われ続ける書体。たしかに書体は使われる量が増えるとその分、レガシーが強化されます。量は使う人や場面の数に加えて時間の経過で増えるものです。このようにして生まれたのSST®という書体でした。

SST®
画像引用:Sony

日本語も作ったのか?

日本語は欧文書体に比べて数が膨大です。数年がかりのプロジェクトになります。ただでさえ、世界各国の言語をサポートするものにする仕様です。日本語まで作るなて大変だろうに……。そこはちょっと工夫されていました。膨大な数があるのは漢字です。そこで漢字は、AXISという書体のものを使い、ひらがななど仮名をオリジナルで作ることにしました。それが、SST JP。

SST JP
画像引用:Typeproject.com

AXISもまたすごい書体なのですが、これについてもまた別の機会に深堀りしたいと思います。

SST®は買えるのか?

「うーん、良い!ソニー大好き!わたしもこの書体使いたい! で買えるの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。答えは、買えます。使えます。以下のサイトからSSTやSST JPを購入できます。ちなみに欧文のSSTなら17種類バージョンをあわせて44,927円。日本語のSSTなら1種類で25,470円です。


まとめ

ここまでの規模で汎用性の高い書体を作る企業・ブランドは世界的にも珍しいでしょう(もしかしたら初かも)。さすが時価総額10兆円を超える企業です(時価総額ランキングは2021年時点で日本で3位(※1))。オリジナルの書体を作る費用対効果は、他のブランディング施策と同様検証は難しいものです。しかしその実例は、大いに参考になるのではないでしょうか。私見としては、「面白いチャレンジを小林章さんと一緒にできて大変そうだけど、エキサイティングだなぁ」とちょっとうらやましく思います。そんなわけで、書体研究への熱意が少し増えました。


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参照



※1


※2:Silent Messages


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