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スターバックスの3つのオリジナル書体

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


スターバックスはなぜ書体を開発したのか?

Instagram Stories content from the @starbucks instagram account and its UK/Canada counterparts. Design: Starbucks

スターバックスは、自社で使う書体をオリジナルで作成しています。書体を制作したのはアメリカ合衆国ユタ州にある書体制作会社、Lettermatic。

世界には、多くの既存の素晴らしい書体があります。スターバックスもオリジナルの書体を作るまでは、既存のジオメトリック(幾何学的)なサンセリフ(日本で言う「ゴシック体」)を使っていました。たとえば、Avenirという書体も使っていました。

なのに、どうしてオリジナルの書体を作ったのでしょうか?また逆に、なぜ既存の書体を使う多くの企業やブランドがあるのでしょうか?

書体は洋服のようなもの

書体はなぜ洋服のようなものなのか?
source: Vogue Runway “Maison Margiela”

書体を声に喩える話をときどき耳にしますが、たしかにその例えは感覚的に理解しやすいものです。たしかに「何をどのように話す」という意味では、書体が担っている役割は声に近い。しかし声は指紋のように個体固有です。なれば、ひとそれぞれ声があるように、書体をブランドそれぞれで違うものを使うべきなのか?と問われれば否。ここが声よりも洋服に近い理由です。

書体は、使われ続ける量によって、記号化していきます。たとえば、OCR-Aという書体は、映画などで軍隊にまつわるストーリーであることを伝えるために使われることが多い。

また日本なら淡古印(たんこいん)という書体は、おどろおどろしい雰囲気を伝えるために「現在」では使われています。

わたしたちは、洋服を着るとき、意識してか無自覚にか、自分の思想を体現しています。ヨージ・ヤマモト、シャネル、ユニクロ、ディオール、セリーヌ、マルジェラ、MHL……選ばないことも選ぶことも、どちらにしろ、自分の思想を反映することになります。これは、洋服のブランドが作り上げてきた哲学や思想を借りていることになります。服を選ばない場合は「無頓着」という記号を発信しています。それでも着方や着るものでなんらかのシグナルを発信していることにはなります。高額になるほど、洋服は思想を明確に持っています。その思想を買っている、借りているということになります。書体も歴史や使われる量で培ったイメージ(シグナル)を使う側が借りています。しかしオリジナルの書体を使われると、そのシグナルは読みにくい。なぜなら記号化されていないから。オリジナルの服を着ている人は、どんな人かわかりにくいように。これが、既存書体を使う理由です。

オリジナル書体を使う理由

つぎに、ではなぜある企業やブランドはオリジナルの書体を使うのか。認知度が十分になった企業やブランドは、さらなる独自性を形成する権利を得ます。これは「デブランディング(Debranding)」というもの通じるのですが、これについては、また別の機会で触れることにします。認知度が十分に高まったブランドは、既存の記号に頼らなくても良くなります。そして、既存の書体と実態の思想にあるギャップを埋めることが可能になります。そうすれば、記号はさらに強固なものになります。アップルのリンゴマーク、スターバックスのロゴ、ナイキのロゴなど、企業名すら外してしまった企業の訴求力がその左証です。タモリさんが、もうどこで何をしようとタモリさんであるように、そしてサングラスと髪型だけでタモリさんを表現できるような独自の記号の昇華がそこにあります。これが、オリジナルの書体を作る理由です。では、スターバックスはどんな書体を作ったのでしょうか?

スターバックスのロゴ

そのまえに、スターバックスのロゴの歴史を少しだけ見てみましょう。

1971
source: Tailor Brands

スターバックスは、もともとスターバックスという名前ではありませんでした。創業者たちは最初、『白鯨』の物語に出てくる捕鯨船にちなんで「ペコッド(Pequod)」と名づけたのですが、すぐにこれはキャッチーな名前ではないことに気づき、船の航海長である「スターバック」に変更しました。

1987
source: Tailor Brands
1992
source: Tailor Brands
2011
source: Tailor Brands

経緯なども解説したいところですが、今回は端折って、2011年のロゴの変更に注目してみましょう。Starbucks Coffeeという文字がなくなりました。これが「Debranding」です。記号化することによって、コーヒーに限らない多角経営可能なブランドになります。実際、このときは音楽業界へ参入しようとしていました。このように、スターバックスは、日々ブランドを発展、発達させて続けてきており、その方向は唯一無二のオリジナリティの形成とシンプルな記号化(Debranding)というものでした。この流れの一貫で、書体も開発されてました。

スターバックスの3つの書体

スターバックスが現在使っている欧文書体は3つです。Soda Sans、Lander、Pike。

Sodo Sans

Sodo Sans
source: Starbucks

この「Sodo」という名前は、スターバックスの本社があるアメリカ合衆国、シアトルの近くにある地名です。Sodo Sansは、スターバックスにおいて最も頻度が高く使われているサンセリフで、ボディコピーなどに使われています。

ソド工業地域
By Ron Clausen - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=67301446


Lander

Lander
source: Starbucks

Landerは、スターバックスのセリフです。セリフとは、日本語の明朝体。セリフについてはこちらで詳しく書きました。

Pike

Pike
Source: Starbucks

Pikeは、見出し用のサンセリフで、横方向に圧縮されたもので、インパクトが強いデザインです。

Sodo Sansにみられる特徴のひとつは、スターバックスのロゴにみられるUの対称性を反映した大文字と小文字の「U」。それから視認しやすい2階建ての小文字の「g」。

Sodo Sansの「g」

Pikeは、Sodo Sansから派生して生まれた見出し用書体です。

スターバックスが目指したのは、安心の「おれおれ」

これらの書体をデザインしたLettermaticのRiley Cran氏によれば、Sodo Sansは、以下のような認知を目指してデザインされたそうです。

電話をかけて「私です」と聞けば、聞き慣れた声が頭の中の人物とつながるように、SoDo Sansは、広告やメニューの中でこのタイポグラフィの声を見た顧客が「ああ、はい、スターバックスです」と言えるだけの差別化を持った「企業アイデンティティのサンセリフ」の役割を担っているんです。
In the same way that picking up the phone and hearing 'it's me' connects a voice we're familiar with to a person in our heads, SoDo Sans plays the role of 'corporate identity sans serif' with enough differentiation that a customer can say 'ah yes, hello Starbucks' when they see this typographic voice in an advertisement or menu.

https://lettermatic.com/custom/starbucks

これって、電話がきて「あーおれおれ」と言われたときに、疑いなく、「あ、スターバックスやん」と認知できるということです。「誰かなー」と不安にさせることなく。ここにきて、スターバックスは、書体を「声」にすることを目指したわけです。

その試みが成功しているのか、それともこれから使う期間が長くなることで、それが達成されるのかはわかりませんが、スターバックスはこのようなことを目指して独自の書体を開発しているわけです。経過をみながらも、とても興味深いケーススタディでしょう。ちなみにソニーも独自の書体を開発しています。それについてもまたべつの機会で解説したいと思います。

まとめ

Lettermaticは、スターバックスのロゴを強く意識して書体を制作したというわけではないそうです。意識はするが、それよりもスターバックスが目指した「声」の制作にフォーカスしていたようです(※1)。

今回は、スターバックスの書体の話を通して、企業がオリジナルの書体をどのようにして使い、何を狙うか、ということについて触れました。十分な認知がないと難しい試みです。この話はオリジナル書体のメリット・デメリットを間接的に説明したことにもなったのではないでしょうか。

こうした話が自社のブランド形成のさいに参考になれば幸いです。


参照

※1




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