漫画『ドラゴンボール』が意味を変えた!? “ホラー書体”の「淡古印」
ビジネスに使えるデザインの話
デザイナーではない方に向けた、ビジネスに役立つデザインの話マガジン。グラフィックデザイン、書体から建築、芸術まで扱います。毎日更新予定。
文字が怖さを演出するホラー書体
「こっちにおいでよ」は、もしかしたらロマンティックなシーンでのセリフかもしれませんし、歩道を歩いているときの何気ない一言かもしれません。しかしこの書体で書かれると、「なんか怖い!」印象を受けませんか? しかしこの書体、実はもともとは「怖い」とか「不気味な」書体ではありませんでした。この書体が怖くなった元年があります。それは1987年。その年に何が起こったのでしょうか?
淡古印(たんこいん)という書体
これは、淡古印(たんこいん)という書体です。この書体が作られたのは1979年。デザインしたのは、井上淡斎(いのうえ たんさい)という印刻師。印刻師とは文字通り、印鑑などを彫る方です。文字がところどころ切れていたり、墨だまりがあるのは、使い古いした印鑑らしさを出すためのものです。ときどき、この書体を使った表札を見かけることがありますが、それは、この印鑑的なニュアンスを反映したものです。
こちらは、ほぼ同じニュアンスを持つ古印体という書体ですが、観ての通り、すごく印鑑的です。淡古印は、印鑑というか落款(らっかん)のための書体でした。落款とは、作品へサイン代わりに残す印です。
この赤い四角い印が落款です。さて、そんなわけで、淡古印という書体は、古くて由緒や歴史ある、みたいなニュアンスを持つ書体です。デビューした1979年当時はどちらかというと地味な存在でした。この書体が、一気に日本全国の少年たちの目に触れることになります。1984年、週刊少年ジャンプで鳥山明さんの『ドラゴンボール』の連載が始まったときです。
淡古印は『ドラゴンボール』の狂言回しに使われた
週刊少年ジャンプで1984年から『ドラゴンボール』の連載が始まります。その始まりの頁がこちら。「むかしむかし」と語り部が物語を始めます。ここに淡古印が使わています。淡古印の本来のニュアンスをそのまま上手く使われています。「むかしむかし」の話をする老人の声とでも言いましょうか。こうして、この淡古印という書体は、一気に日本全国の少年少女たちの目に触れる書体となりました。しかしこのときはまだ「ホラー」のニュアンスがありません。
“犯人”はピッコロ大魔王
それが1987年、連載3年目になって、様子が変わります。語り部ではなく、ピッコロ大魔王(『ドラゴンボール』の登場キャラクターのひとり)が、「怖い声」、「おどろおどろしい声」というニュアンスでこの書体を使い始めました。
これが、つまりピッコロ大魔王のセリフに使われるようになってから、淡古印という書体は「おどろおどろしい文字」として、一気に日本で認知されたきっかけです。そして連載が続き、定着していきました。定着した結果、淡古印のニュアンスを反映したこんなタイトルがテレビに登場します。
『世にも奇妙な物語』のタイトルです。こうして、ますます淡古印は、ホラー書体として定着していきます。
まとめ
今回も一見ビジネスには役立ちそうもない話になってしました。しかしこれは、文字に限らず、デザインが持つ意味が、時代や経緯によって変わることがある好例なんです。デザインのなかにある「記号」と機能が、時代や経緯によって変わる、ということは存外重要な性質です。わたしたちが読み解く意味は、相対的だということです。美には絶対的な基準があるようで、どうしても相対的な部分が含まれています。時代圧を移ろいゆくものとして軽視はできないのです。ファッションもしかり。流行を軽視できないのです。幾何学的な美しき基礎も重要ですし、同時に時代によって移ろいゆく志向やニュアンスも重要です。そんなデザインの側面を淡古印を窓にした垣間見ることができます。
淡古印 AL-KL
TB古印体
参照
正木 香子 (著)『本を読む人のための書体入門 』
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