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【小説】あと3日で新型コロナウイルスは終わります。

~アキナが家に帰れなくなった理由~

「アキナさんって、ずっと、ネットカフェかアチャホテルに泊まっているって他の人から聞いたんですけど、あの、もし、差し支えがなかったらなんですけど、理由を聞いてもいいですか。」

比較的最近入ったスタッフが、昼休憩中、アキナに聞いてきた。

「ちょうど1年前なんだけど、いつものように午後9時頃にアパートに着いて外階段を上っていたら、後ろから男の声がして、『スカートはいた生足の女』って。驚いて慌てて階段を掛け上がって、部屋に逃げ込もうと鍵穴にカギを差し込んだら、……」

「差し込んだら?」

スタッフは目を真ん丸にしていた。

「鍵穴からカギが抜けなくって、階段の下から男が来ているし、カギは抜けないし、部屋のなかに逃げたとしても、カギは鍵穴に刺さったままだし、カギを力の限り引っ張ってもどうしても抜けなくて、これはもう、階段の下にいる男が事前に鍵穴にボンドか何かを入れて細工をしたんだって思って、わたし、パニックになっちゃって。」

「そうなりますよ!」

「でも、一か八かで階段の一番上から見下ろして、もし、変質者がこちらに向かってきたら、持っていたカバンで叩き落とそうとしたら、……」

「ええ!」

聞いてたスタッフも、両手を握り拳にして力んでいた。

「誰もいなくて。」

「えっ⁉」

「でも、カギは鍵穴に刺さったままだから、すぐに警察に電話して。」

「良かった!来てくれたんですね!」

「それが、男はまだ近くにいるかもしれないから、わたし、パニックのままで、順序立てて上手く説明できなくて、『暗闇からわたしを呼ぶ男の声がする』って言ったら、電話に出た警察官がプッて吹き出して笑っちゃって。たぶん、お酒か薬か何かで前後不覚にでもなった女が警察にイタズラ電話してきたんだと思ったらしくて。」

「それ、酷いですよ!」

スタッフは目に涙を溜めていた。

「このままじゃ、わたし、階段の下から上がってきた男に殺されるって思って、少し嘘ついて『下から男が上がって来た!助けて!助けて!』って言ったら、ようやく警察官もただ事じゃないって気づいてくれて、『警察を向かわせます』って。」

「すぐ来てくれたんですか。」

「それが15分もかかって。ちなみに、パトカーのサイレンの音が聴こえたのは、5分後なんだけど。」

「それって、どういうことですか。」

「これは、わたしの推測なんだけど、お酒か薬か何かで前後不覚になった女がいるらしいから、現場に向かう警察官は注意するように言われていたか。もう一つは、……」

「はい。」

「電話を掛けてきた女は、男に捕まって襲われている最中か何かだから、慎重に対応するように言われていたとかね。」

「怖かったですね。」

「うん、警察が来るまでの時間が異常に長く感じた。階段で後ろから男に声を掛けられただけでも恐怖なのに、カギは抜けないわ。警察は信じてくれないわ。来るの遅いわ。恐怖が倍増どころか、倍倍倍増!ああ、今思い出しても悔しい!」

「あの言いにくいんですけど。」

スタッフは、上目遣いになった。

「アキナさんは、職場の近くに引っ越さないんですか。」

「それね、ここ1年いろんな人に言われたんだけど、……」

アキナは深くため息をついた。

新型コロナウイルスが終わるまで、
あと3日。

これは、実体験にもとづいたフィクションです。

 ◆自殺を防止するために厚生労働省のホームページで紹介している主な悩み相談窓口

 ▼いのちの電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)、0120・783・556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)

 ▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570・064・556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)

 ▼よりそいホットライン 0120・279・338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120・279・226(24時間対応)

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