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ロスト・イン・トランスレーション

相も変わらず洋楽の歌詞和訳をちょこちょこやっている。すると「あれ?こんな感じの訳、前にも訳したことなかったけなあ」という疑問が生じ始めることがある。

改めて考えると、私の選曲は愛についての歌が多く、ひどく相手を求めて、そして大方はジャンキー的であるということに思い至った。

誰かの作った作品に薬物や植物が絡んでいるかはあまり関係ない。本当の愛というものはノードラッグでもかなり中毒性が高いというのが私の思うところであるから、そういったものに頼らない自分でも、こういう類の歌の気持ちは、通常の人よりは入り込んで理解できるような自負はなくもない。

洋楽は同じフレーズを繰り返しが多く、別の作業と同時並行して片手間に取り掛かることも多いため、今どこを訳しているのか分からなくなることがしばしば起きる。
愛の囁きや叫び、嘆きの連続、作り手が作品に込めた情熱や思いが私に伸し掛かり、目も頭もぐるぐる回って軽くトリップ、他の作業は私の手から離れ、いよいよ歌詞と向き合わなければならなくなる、でも、こっからが勝負だと思う。どこに行くか、誰と重なるか、それが乗らなきゃ訳すという意味を持たない。

依存し合って何が悪い、束縛し合って何が悪い。常識に囚われた愛など、その先を見たことのない人間が想像に容易い範囲を盾に自分を正当化しているだけだ。理屈なんか分からぬ。お互いにね。


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