中田選手に「ありがとう」
ずっと見てきたその後ろ姿は確かにヤンチャで、でもチームを救うのはいつだってその大きな背中だった。チームだけじゃない。それは日ハムの顔として、時として侍ジャパンの中心としての大きなスイング、そしてスタンドに飛んでいくボールから様々な力をもらっていた。大袈裟でなく多くの寂しい夜が救われ、命が救われたのは私だけではない。
決して庇いたいのではない。彼は野球選手という子供の憧れと、チームの名前、そして監督を傷つけた。でもいざ日ハムから離れるとなると恨みよりも感謝が大きいのだ。人としてしてはいけないことをした、でも多くの人の傷を癒した、それが事実で、そこは忘れてはいけない部分だろう。
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ただあえて自由に発言すると、世間の言い方で誤っていることがある。
それは、中田だけが悪しき風習を作ったわけではない、ということだ。
緩めのチームは良く言えば仲良し、悪く言えば子供の集団だ。そんな事は昔から知っていたし実際、そこが好きというファンも多い。現にインスタなどのSNSに載っているカメラ女子達の写真は、ベンチ内の雰囲気や球場の入出の姿が目立ち「いいね」の対象だ。球団も力を入れて「彼氏にしたい選手権」という訳のわからない行事を毎年行い、そこに魅力を感じる人たちも多くいる。彼の根本的性格だけではなく、そういう視線を持って中田に頼り切っていたファンやチームが、今の空気感を作り上げてしまった一つの要因なのだろう。
上記に興味はなく、あくまで野球、あくまでプレーを追いかけてきたファンとしての私も、のほほんとした空気感に違和感を感じつつ、10年以上日ハムのファンをしてきたのだ。
それなのに中田を批判だけするなんて事、私には到底出来ない。やっぱり感謝が強いのだ。それが世間一般で言う、人として間違った気持ちであっても。いつまでも青色ユニフォームの6番を応援していたかった。青色ユニフォームで引退して欲しかった。なんだかんだ、大好きなのだ。
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兎にも角にも巨人が中田をとるとは思っていなかった。しかもつい最近までスモークがつけ、さらに私が子供の頃にずっと見ていた阿部慎之助の背番号10をつけることになるなんて。当然それを巨人ファン全ての人が快く思うはずなんてないのだ。どれほどの意味が込められて、どれほどの重みがあり、その数字が憧れの対象だったという事は安易に想像がつく。
でも言い方が良くないかもしれないけれど、東京ドームがホームになった中田は近い将来必ず巨人1のスラッガーになる。絶対に。どうか、石川慎吾ちゃんや鍵谷を通してうまく巨人の選手として野球界で生き残ってほしい。たくさんの批判があるだろう。それでもそれはもう仕方がない事。しっかり受け止めて前に進んでほしい。見た目の強さと裏腹に繊細で子供っぽくて優しい私たちの誇りである中田翔が別地で再び輝きます様に。たくさんの人に再び受け入れられ愛されます様に。また楽しそうに野球をする姿が見られます様に。
その日を信じて、日ハムファンは私たちの誇りを送り出そう。
たくさんの夢をありがとう、大好きです。
( 写真はスポニチ報知 より)
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