#8 転職は 「点職」 かもしれない
「 今ここで、しあわせを繋ぐ意味がある」〜 しあわせ探求庁です!
しあわせは何でできていて、どんな姿をしているのでしょうか? 私たち「しあわせ探求庁」は、デンマーク🇩🇰発祥の「対話」をもとにした手法を用いて「しあわせの地図」を描いていきます。
メンバー2人が対話し、その記録を元にした記事を毎週水曜日に投稿、はじめの部分は2人によるトークでお届けします。下のボックスの右下にある再生ボタンを押して、放送をお聞きいただけると光栄です✨
〜 以下の記事は、上の stand.fm 放送の続きです 〜
ジョブ型 vs. メンバーシップ型雇用
透さんが最初に就職された頃は、転職するってまだまだあまり一般的ではなかったんじゃないですか?企業に入社したら、その中で配置転換を繰り返しながら、定年まで勤め上げる人が多いという印象があります。新卒で就職した頃はどんな感じでしたか?
僕の場合は、教育系の大学院にいて、仲間もほぼみんな教師志望だったので、一般的な就職というのとは状況が違ったかもしれません。時代的には「就職氷河期」の真っ只中で、大学院の同期10人の中で、正規の教員になれた人はたしか3〜4人だったと思います。残りは非常勤講師としてのキャリアスタートでしたね。
へ〜!そういう時代だったんですね。仕事や転職について考える時に、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の雇用形態を分けて考えることがあるようですね。あまりよく理解していないので、実例を挙げて説明してくださいますか?日本と欧米の雇用形態を比較する時にもよく用いられる概念のようですね。
そうですね、僕は先月転職したばかり、美織さんも数日前に新しい仕事を始めたばかりでしたね。その二つの分類法が全ての場合に当てはまるかどうかは別として、一度整理しておきましょうか。
「ジョブ型」は「仕事内容」を固定して、「働く企業」を変える発想です。例えば経理をやっている人が、異なる業界や企業に行っても、その業界や会社で経理を担当するという形ですね。対して「メンバーシップ型」は「企業」を固定して「仕事内容」を変える発想です。大企業の場合に多いですが、当初は営業で入社して、数年後に人事、その後総務へ、などと担当業務が変わっていく形ですね。
なるほど。そう考えると、専門性の高い仕事以外は、新卒ではまずメンバーシップ型で入社して、その後キャリアを磨いてジョブ型転職をする、という流れが見えてきますが、そんな感じでしょうか?
日本での大勢はそうだと思います。ただ例外もここにいて、僕は英語教師を7年間したあと、音楽業界の海外営業に転職しています。さらにその先は AI 研究者を目指しているという変わり者です。実際にはジョブ型にもメンバーシップ型にも分類できないような転職パターンかもしれません。
でも、透さんはすべての仕事で海外との「異文化コミュニケーション」が共通項としてありますよね。その点は意識していたんですか?
意識していたというか、できることがそれだけなので、その部分を軸にキャリアプランを考えてきたというのが正確なところかもしれません。自分の「軸」とでもいうべき部分でしょうか。
20歳前後で「軸を持て」はムリ?
そうそう「軸」! 大学3年生で就活を始めた時に、いつも「軸を持て」と言われました。でもよく考えてみれば、そういう「軸」って、一旦社会に出て仕事をして、周りと自分を見て分かってくるもので、20歳前後で把握しろと言われても、難しいような気がします。
そう思います。少し過激な意見かもしれませんが、僕は大学の受験資格を20歳以上にしてもいいと思っています。美織さんのいたデンマークでも、いわゆる「ギャップイヤー」、高校を出てから大学に入るまでに時間をおいている人も多かったんじゃないですか?
以前しあわせ探求庁でも紹介した、「フォルケホイスコーレ」という学校も、その「ギャップイヤー」の教育を担っている部分が大きいです。高校を卒業して、アルバイトをしたりボランティアをしたりしながら自分の適性を見つけて、それから大学に入学する。大学卒業後仕事に就くのが25歳前後という人も多かったように思います。再度 Wikipedia と関連サイトをご紹介しますね。
仕事には、高度な専門知識を必要とする仕事とそうではない仕事があるので、多くの人が自然に、まずは特に専門知識がなくてもできる仕事を体験してみて、そこで得た経験から大学に行くのか行かないのか、行くとすればどういう分野に進むのかを決めても遅くない気がするんですよね。
今の日本だと、例えば外食産業などは大学生アルバイトに頼っている部分が大きいですが、それをギャップイヤーの人たちが担う構造になれば、労働力的には問題ないはずです。
たしかに、大学で学んだことを活かした仕事ができている人は、日本では少ないですよね。高校を卒業して全員が何らかの仕事をまず経験して、その中から「自分が学びたいことの種」を見つける方がいいかもしれません。ある意味、みんながみんな、大学へ行く必要もないわけですから。
そう思います。大学に行っても行かなくても仕事がちゃんとあって、各人の特性が活かされるような社会にしたいですね。
微分型人生 vs. 積分型人生?
透さんは大学院修了後に先生になった頃、その先の人生まで考えて仕事を選びましたか?それとも、英語が好きで教えることが好きで、夢中で先生になったっていう感じですか?
後者ですね。大学1年生の冬から学習塾で講師の仕事を始めましたが、とにかく英語を教えるのが楽しくて、もっと専門的にやりたいと思って大学院の「英語教育コース」に行き、そのまま英語教師になりました。
その後音楽業界へ行った時も同じで、後先考えずに「一番好きなもの」に飛びついていったという感じですね。母校の甲陽学院の当時の担任の先生、その後校長になった今西 昭(あきら)先生はこれを、「微分型人生」と名付けました。将来のことまで全部考えて進路を決める「積分型人生」もいいけど、その場瞬間の「接線の傾き」(=自分の内なる声)に忠実に生きる「微分型人生」もいいよ、と。美織さんの世代は、ひょっとして文系選択だと微分・積分は習っていない?
習った気もしますが、全く覚えてないです(笑)今その瞬間に注目して大切にするのが、「微分型」なんですね?
その通りです。今日は触れませんが、そんな微分・積分が高校数学の主な到達点として設定されたのには、実は何とも言えない歴史があります。ところで、美織さんもつい数日前、先のことよりも、まずは憧れていた業界に飛び込んだんですよね。
そうなんです。出版社で働いています。昔からとにかく本が好きで、出版業界で働くのが夢でした。でも最初の仕事が鉄道関係だったので関連がなく、留学から戻ってきて20代後半で未経験業界なので、実は毎日ビビりながら仕事をしています。何と言ってもまだ最初の週も終えていません!
それはそれは。でも、美織さんは出版業界に向いていると思いますよ。初めてスイスのベルンで待ち合わせて、とりあえず入った駅のカフェで色々質問された時、「この人、出版社から来た編集者みたいだ!」と思いましたから。質問の切り口と発想が、いろいろな情報をまとめて記事や書籍にする仕事に向いている気がします。「しあわせ探求庁」が誕生した日のことは、下の記事に書きました。
大卒で最初に就いた仕事も直感で決めたので、私も今のところ「微分型人生」なのかもしれません。
科学史上は、実は微分の方が積分より後に生まれたので、よりモダンな生き方かもしれませんね(笑)ちなみに微分を発明したと主張した科学者は二人いて、イギリスのニュートンとドイツのライプニッツです。今数学の授業で使っている記号は、ライプニッツの提案したものですね。
微分がなければ Google 検索や ChatGPT をはじめとして、今あるほぼ全ての AI 技術が実現していないので、美織さんと僕が出会うこともありませんでした。やっぱり微分に感謝しましょう!
そうやってすぐにスケールの大きな歴史や科学技術の話に飛んでいってしまうのが、透さんらしいですよね……(遠くを見つめる目)
キャリアのレール
美織さんの年齢だと、大学入学後すぐに業界研究を始めて、大学4年の春には内定をもらい、その後も〇〇歳で△△して、みたいに「キャリアのレール」が決められてしまっている雰囲気はありませんでしたか?
そうだと思います。就活でもいわゆるガクチカ(=学生時代に力を入れたこと)を聞かれますし、すべてが将来につながっていっている感覚でしたね。私自身はそんな中、直感で鉄道関係を選んで、2年で辞めてデンマークへ行って、と完全にレールからは降りていますが。
終戦後、短期間で国を復興させるためには、国民が自分の頭でいろいろ考えずに、国が提案したレールに乗ってひたすら働く、というのが最も効率的な方法だったんですよね。それを責めることはできません。なんといっても、終戦後たった19年で東海道新幹線を走らせ、オリンピックまで開催したんですから。新幹線には、お世話になりました。
たしかにそうですね。でも同時に、自分の足で線路から垂直方向に歩き始めるような人が正当に評価されず、むしろ責められてしまうような社会を作ってしまいましたね。透さんも、オランダで博士号を取って日本に戻っても、ヨーロッパほど評価はされないんじゃないですか?
その通りです。今でも、昔登録した就職情報サイトを解約していなくて、定期的に求人情報が来るんですけど、この年だとほぼタクシー運転手か清掃員ですよ。もちろん彼らも社会では重要な役割を担っているわけですが、少なくとも高度な専門知識を持つ人がするのに適した仕事ではありません。日本だと、間違いなく美織さんの方がいい仕事につけると思います。
そうなんですかね〜でもそうしてレールに乗っていて、40歳前後になって子供が手を離れた頃に、「自分の人生って何だったんだろう」って思う人がたくさんいるわけですよね。英語でも、Midlife Crisis って言いますもんね。
以前住環境について話した時に、ヨーロッパでは多くの人が、「土に近い」環境を大切にするという話が出ましたが、ここでもやはり、社会が準備したレールの上だけではなく、「自分の足で歩けるかどうか」が重要になってきますね。僕の経験だと、企業では有能な人から順番に辞めていく気がします。
何かどこかに、みんなの特性とキャリアのボタンの掛け違いがあって、それが日本独特な「仕事文化」を作っていて、日本の幸福度を下げる一因になっている気がします。
僕もそう思います。いくらワークライフバランスを重視すると言っても、やはり一日の3分の1は仕事をしているわけですから、仕事上の幸せは人生の幸せと多いに関係があると思います。
転職は「点職」?
私は今回の出版社が2つ目の仕事なので、まだ分からない部分が多いですね。透さんはこれまでの人生を振り返って、経験されてきた仕事がどう今の自分を形成していると思いますか?「異文化コミュニケーション」が軸という話に戻る形になってしまいますが。
有名なスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での2005年のスピーチそのものだと思います。それぞれの仕事をしているその時はまさに「微分型人生」で、夢中になってやっているのですが、ふと後を振り返ると、自分のやってきた仕事の「点」は確実につながって、道になっています。彼がスピーチで言った、「Connecting the dots」という発想ですね。その意味で僕にとっては、6回の転職、7つの仕事は「転職」であり、同時に「点」職だったのかもしれません。今のオランダでの仕事が次に何につながるか、それはおそらく10年後くらいに初めてわかるのだと思います。この動画、4000万回以上再生されていますよ!
きっと、「後から見ると、繋がっている」という感覚ですね。繋げようと思って繋げたわけではないことが伝わってきます。しあわせ探求庁の note のバナー画像の赤い線が途切れているのも、「線を繋げていく」という意味があるんでしたね。
大学の先輩に言われたことを思い出しました。「人生はいい意味で思うようにはならないし、その時考えられる枠組みの中で考えすぎない方がいい。その時の枠組みは、未来の枠組みより小さいから」って。
素敵な言葉だと思います。しあわせ探求庁も、今の活動の枠組みで考えすぎず、まずは5年後くらいに振り返って、「ああ、こんなふうに幸せを繋いできたね」って言えるような活動にしたいですね。
対話をまとめるのは本来はルール違反ですが、今日はいいまとめになったと思います。それではまた来週水曜日にお会いしましょう。次回はなんと、初めてのゲストをお迎えする回です🎊みなさま、どうぞお楽しみに。
「 今ここで、しあわせを繋ぐ意味がある」〜 しあわせ探求庁でした🍩
また来週水曜日にお会いしましょう。
(2024年6月5日)