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アンティークコインの世界 〜アレクサンドロス大王の肖像〜

ある程度コインを目にしていると、似たようなデザインでも細部が異なることが気になりはじめてくる。アレクサンドロス大王のコインがそのひとつの例と言えるかもしれない。アレクサンドロスは、強国ペルシアを破り、マケドニア大帝国を築き上げた英雄としてその名が現在も尚、語り継がれている。カエサルやアウグストゥスなどの古代ローマを代表する偉人たちでさえ、強い尊敬を抱いた人物である。そんなわけで、当然アレクサンドロスの肖像を刻んだコインは人気の高いモティーフとして地中海世界の各地でつくられた。また、信用度の高いコインとして経済発展を支えた。今回はヘレニズム期のはじまりから終わりまでを、アレクサンドロスの肖像が描かれたコインと共に眺めていく。


ローマ支配下のマケドニアで前95〜前70年に発行された4ドラクマ銀貨。かつて大帝国として繁栄を謳歌したマケドニアであったが、前168年に新興の国家ローマに制圧されてしまう。本貨はローマの財務官アエシッラスによって発行された。表にアメンの角を生やすアレクサンドロス大王、裏にヘラクレスの棍棒と金庫、財務官の椅子を刻んでいる。ローマ人にとっても大王は尊敬の対象だった。

この大王の肖像は独特で、本来の彼の肖像からかけ離れている。ライオンの帽子がパーマの髪に変更されている。だが、その頭部にはアメンの巻角が確認できる。よって、大王を示すものと断定できる。大王はエジプトのシワにあるアメン神殿で、アメンの息子という称号を与えられたが、その過去に基づいた意匠である。

裏側の図像には、ほとんど摩耗が見られない。製造した当時の、ほぼそのままの状態で残っている。金庫の持ち手のギザギザまでが鮮明に表されていることからもそれがわかる。ヘラクレスの棍棒の立体感も素晴らしい。文字はラテン文字が採用されており、共和政期のローマの風習に従って、発行者の名「AESILLAS(アエシッラス)」が刻印されている。

「AESILLAS」は「L」が二度続いているので、正確には小さい「ツ」を入れて「アエシッラス」発音する。だが、日本ではこの手の発音をあえて省略し、「アエシラス」と表記する傾向にある。同様に長母音も省略される場合が多い。古代ローマを代表する政治家「キケロ」は本来なら「キケロー」と発音される。

こちらは、ローマ支配以前のアレクサンドロス大王のコインのスタンダードな例である。マケドニアの王都ペラで前315年〜前310年に発行された4ドラクマ銀貨。アレクサンドロス大王の息子アレクサンドロス4世の治世に発行された。アレクサンドロス4世は幼少の王で、実権は大王の有力配下に握られる傀儡だった。表にヘラクレスに扮するアレクサンドロス大王、裏に雷神ゼウスが描かれている。

ゼウスが座る玉座の下部には、とぐろを巻く蛇の姿が見られる。画面左側には盾が確認できる。こうしたモティーフは何種類も確認されており、これにより製造年・製造地・型番などを整理していたと考えられている。ゼウスが足を組んでいるか、いないかでも大王の生前発行か没後発行か判別する指標になる。

エジプト王プトレマイオス1世が前311〜前304年に発行したコイン。大王は象皮の帽子を被っている。裏には武神アテナと鷲、コリント式兜が描かれている。

トラキア王リュシマコスが発行をはじめたタイプのコイン。アメンの巻角を生やす大王は、天空を見つめている。この表情は大王が考えごとをしている時によく見られる姿だったという。裏には勝利の女神ニケを手に載せて玉座に座すアテナが描かれている。本貨はリュシマコスの子孫によって前270〜前250年に発行された。


紹介したコインは、どれもアレクサンドロス大王を表している。地域や年代が異なると、同じ人物を表していてもその表現方法が異なる。ライオンの帽子、象皮の帽子、アメンの巻角など、アトリビュートが異なり、大王の顔つきも違う。また、裏の意匠も異なり、ゼウスやアテナ、ヘラクレスの棍棒等、多数のヴァリーションが見られるところが興味深い。アンティークコインはただ単に眺め、その美しさを愛でるだけも十分ではあるが、「見比べる」ということを意識的に行い、個々の特徴を精査していくと、新たな気づきに必ず出会える。その出会いが楽しいと思えるようなら、あなたはすでにコインの虜になっていると言える。

To be continued...

Shelk

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