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アンティークコインの世界 | 神聖ローマ帝国 都市景観 ターレル銀貨

今回は表題の通り、神聖ローマ帝国で発行された都市景観を描いたらターレル銀貨を紹介していく。現ドイツの都市アウグスブルクで発行された一枚で、17世紀当時のアウグスブルクの街並みを写した傑作である。それでは、早速観ていこう。

神聖ローマ帝国アウグスブルク ターレル銀貨 1639年


神聖ローマ帝国アウグスブルクで1639年に発行されたターレル銀貨。フェルディナント3世の肖像とアウグスブルクの都市景観を描いている。都市景観側の中央に描かれた松ぼっくりは、アウグスブルクの都市紋章で豊穣と繁栄を象徴している。三十年戦争の真っ只中、当時の街並を鮮明に記録した歴史的一枚。

フェルディナント3世肖像

フェルディナント3世の肖像からは、ハプスブルクの顎と呼ばれる身体的特徴が見受けられる。ハプスブルクの顎は、ハプスブルク家特有の身体的特徴のひとつで、現在では下顎前突症と呼ばれている。ハプスブルク家の子女で、フランス王妃のマリー=アントワネットにも、この特徴が表れていたことが、彼女の母マリア=テレジアの書簡から窺える。特に欧米人を中心に現れる顎変形症の一種で、下唇が上唇よりも前に突出してしまい、噛み合わせが悪くなるなどの弊害が生じる。ハプスブルクの顎は、近親交配が繰り返されたために生じたものと考えられている。血の高貴さを保持するためにハプスブルク家は、近親結婚を繰り返していた。結果、奇形や病弱な子どもが生まれることがあった。

下記、本貨に刻印された銘文と日本語の試訳。

IMP:CÆS:FERD:III·P·F·GER:HVN:BOH:REX·
最高軍司令官、皇帝、フェルディナンド3世、敬虔にして幸運なる者、ゲルマニア征服者、ハンガリーとボヘミアの王

AVGVSTA·VIN DELICORUM
アウグスタ・ウィンデリコルム(アウグスブルクのラテン語名)

1639〜1643年、1645年の年銘が存在。本貨は初年号にあたる。

アウグスブルク都市景観

三十年戦争はカトリックとプロテスタントの宗教抗争を発端とするが、事実上は神聖ローマ帝国とフランス王国によるヨーロッパの覇権を巡る戦争だった。ハプスブルク家とブルボン家の抗争である。時のフランス王は、ルイ13世。太陽王と謳われる、かの有名なフランス絶対王政を築き上げたルイ14世の父だ。

三十年戦争は人類史上最も破滅的な戦争と言われ、ドイツ諸都市の人口20%を失う大損失を被った。そうした大戦争の只中でも、これだけの美しい貨幣を残せたことに彼らの底力を感じる。神聖ローマもフランスもこの戦争で激しく消耗し、女帝マリア=テレジアの登場で、和解と協調の流れに歩み寄っていく。

ちなみに「三十年戦争」という呼び名は、17世紀末に生まれた言葉である。誤解されやすいが、30年間に亘って連続して戦争が行われていたわけではない。大きく分けて4つの段階から成り、13回の戦争が断続的に起こった。これらの諸戦争を歴史家たちが一括りにし、総称して三十年戦争と呼ぶようになった。

松ぼっくりのシンボル

松ぼっくりは古代ローマ帝国由来のシンボルで、古代ローマの後継を謳った神聖ローマ帝国はこれを継承した。アウグスブルクという都市名は初代ローマ皇帝アウグストゥスの名に由来し、彼が建設した都市でもある。アウグスブルクは、ドイツの諸都市の中でも古代ローマに遡る最も古い都市のひとつである。

また、こうした都市景観ターレルに描かれた当時の街並が、現地のドイツでは変わらずそのまま残っていたりする。先祖たちがつくりあげたものをリスペクトし、大切に継承する民族性が見て取れる。まるでおとぎ話の世界に出てくるかのような美しい景観。そこには単なる美麗さや優雅さを超え、神秘性さえ感じる。

以上、今回は神聖ローマ帝国アウグスブルクの都市景観ターレル銀貨を紹介した。都市景観は各都市が発行しており、シリーズものの収集ジャンルとして大変人気がある。近年のオークションでは投資目的の参入者が増加していることも相まって相場の高騰が見られ、寂しいことに入手が難しい銘柄になりつつある。だが、17世紀の人々が生きた、暮らした、過ごした、その街並みを手のひらの上で感じられる至高の一枚として、自信を持ってお勧めできる。


Shelk 🦋

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