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アンティークコインの世界|メキシコ8レアル銀貨とスラブのおはなし

スペイン王国の影響を受けた南米の国々のコインは、私の好みのひとつである。何より当時使用された南米の貿易銀は、大型で非常に見応えがある。また、細分類も無数に存在し、奥がとても深いのだ。

今回紹介するのは、メキシコで発行された8レアル銀貨である。リバティ・キャップと蛇をくわえる鷲というシンプルな図柄だが、なぜか惹き付ける魅力を持っている。

今回はこの銀貨を紹介しつつ、数回に亘って連載しているスラブのもう一歩踏み込んだ見方についても併せて解説していく。スラブの見方が分かると、様々な面で有利な展開が行えることはもちろんのこと、コインについてもより一層理解を深めることができる。

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図柄表:リバティ・キャップ
図柄裏:蛇を掴む鷲
発行地:メキシコ合衆国メキシコ・シティ造幣局
発行年:1894年
発行数:12,394,000枚 
銘文表:LIBERTAD 8R.Mo.1894.A.M.10Ds.20Gs.(自由 8レアル メキシコ・シティ造幣局 1894年 銀含有率.902)
銘文裏:REPUBLICA MEXICANA(共和国 メキシコ)
額面:8レアル
材質:銀 (.902)
重量:27.07g
直径:38.9mm
分類:KM 377.10
評価:PCGS Genuine Cleaned-AU Detail(PCGS社鑑定 真正品ではあるが、激しい洗浄の痕跡あり 準未使用品だが数字は付かない)


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新大陸アメリカを発見し、同地を植民地としたスペインは金銀の鉱山を求め、調査を開始した。1545年にはポトシ銀山、翌年にサカテカス銀山と、大規模な銀山を手中に収めた。特にポトシ銀山は銀が豊富に産出する手付かずの銀山で、1581年から1600年の間、年間平均254トンの銀が回収された。

ちなみに我が日本国も石見銀山を筆頭に銀鉱山に恵まれた地域であり、最盛期は年間200トンを超える銀が回収されていたため、これに匹敵する超巨大銀産出国だった。

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スペインは、カルロス1世の治世である1535年からメキシコで8レアル銀貨の発行をスタートした。だが、急激に銀の産出量が増えたため、ヨーロッパでは銀の価格が下落するアクセデントが生じることとなった。この動乱により突如銀価格が不安定になったため、イギリスが先手に出て1816年に金本位制を導入した。この動きを見て、諸外国も金本位制へと次々に移行するに至った。

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表側には「LIBERTAD 8R.Mo.1894.A.M.10Ds.20Gs.」という銘文が刻印されている。この銘文中には、メキシコの政治方針、本貨の額面、造幣局、発行年、造幣官、品位と盛りだくさんの内容が詰め込まれている。まず、「LIBERTAD」はメキシコが自由主義を重んじることを示している。「8R.」は8レアルという本貨の価値を示している。「Mo.」はメキシコシティ造幣局で発行されたことを示している。以下、参考までに主要ミントマークの一覧を明記する。

CE:Culiacan(クリアカン造幣局)
G:Guanajuato(グアナフアト造幣局)
Go:Guanajuato(グアナフアト造幣局)
Mo:Mexico(メキシコ・シティ造幣局)
Zs:Zacatecas(サカテカス造幣局)


ちなみに、本貨は細分類が非常に多い。分類番号はKM 377.〜KM 377.13まで割り振られており、この番号は造幣局を基準にして区別されている。全14箇所の造幣局で発行されていたことが確認されている。下記、分類番号ごとの造幣地を列挙する。

KM 377.:Alamos(アラモス造幣局)
KM 377.1:Real de Catorce(レアル・デ・カトルセ造幣局)
KM 377.2:Chihuahua(チワワ造幣局)
KM 377.3:Culiacan(クリアカン造幣局)
KM 377.4:Durango(デュランゴ造幣局)
KM 377.5:Estado de Mexico(メヒコ造幣局)
KM 377.6:Guadalajara(グアダラハラ造幣局)
KM 377.7:Guadalupe y Calvo(グアダルペ・イ・カルボ造幣局)
KM 377.8:Guanajuato(グアナフアト造幣局)
KM 377.9:Hermosillo(エルモシージョ造幣局)
KM 377.10:Mexico City(メキシコ・シティ造幣局)
KM 377.11:Oaxaca(オアハカ造幣局)
KM 377.12:San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ造幣局)
KM 377.13: Zacatecas(サカテカス造幣局)


「1894.」は本貨の発行年である。本貨は発行年数が長く、同デザインで1824〜1897年まで発行された。1824年が初年号にであり、本貨は最晩年に発行された。「A.M.」は造幣官のイニシャルを表している。「10Ds.20Gs.」という見慣れない文字の並びは、本貨の品位を示している。以下、品位の算出方法を明記する。

12 Dineros = Pure Silver, 24 Granos 
= 1 Dineros, 10Ds20Gs = 0.902777 Silver

12ディネロス = 純銀24g
= 1ディネロス 10ディネロス 20グラム = 銀品位.902(90.2%)


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さて、本貨のPCGSによる評価は、下記の通りである。

Genuine Cleaned-AU Detail

「Genuine(ジェニュイン)」とは、真正品を示す。この単語は、コインが本物であることは保証するものの、数字が付かない評価であることを示している。数字が付かない理由は、この単語の後に明記されている。

「Cleaned(クリーンド)」この単語が本貨が数字が付かなかった理由に該当する。過度な洗浄によって傷が付いており、評価の対象にならないコインに対して、この「Cleaned」という単語が使用される。現在の評価基準では発行当時の状態に近い方が評価が高くなるため、洗ってしまったものは、そもそも評価の対象とならない。

だが、コインの真贋判定だけは受けられるため、本貨では「AU」というグレードが与えられている。この単語は準未使用を示すものである。

「Detail(ディテイル)」も同様に数字が付かないコインに対して用いられる単語である。この用語は「Details」という形でNGCの数字が付かないコインに対しても使われている。

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また、PCGSのパッチには、数字が付かない理由が表記されているだけでなく、コード番号も割り振られている。鑑定順でランダムに与えられた何気ない数字のようにも見えるが、実は赤丸で示した数字はコインのコンディションを示している。以下、スラブのパッチに表記されるコードを明記する。

82:エッジにヘコみあり

83:表面の剥離あり

84:穴空きないし穴を埋めた修正痕あり

85:欠番
*この番号は使われていない

86:真贋判定不可品
*鑑定員でも贋作と断定できない精巧な偽造品ないし真正品でも贋作に一見見えるような粗雑な造りのもの

90:偽造品

91:人為的な着色あり

92:過度な洗浄による損傷あり

93:不純物による損傷あり

94:傷の修復のために塗った物質の痕跡あり

95:ひっかき傷あり

96:鑑定不可品
*個人製作メダルないし巨大過ぎるメダルは鑑定拒否されるが、鑑定費用は出品者に返金される

97:腐食、塗装膜、調色などの環境劣化あり

98:持ち主のイニシャルやラクガキの痕跡あり

99:PVC(ポリ塩化ビニル)残余あり
*コイン保護用ビニルから経年劣化によって発生する付着物


上記のようにコインに数字が付かない理由は様々である。逆にこれを知っていれば、そうしたコインを最初からルースの状態で入手しないこと、また保管の段階で気を付けることができるので、知っていて損はないだろう。

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以上、今回はメキシコの8レアル銀貨について紹介した。比較的安価で数もあり、手に入れやすいコインのひとつであるため、お勧めの一枚である。細分類も多いため、分類別に集めても面白いかもしれない。

現存品は洗われているものがほとんどのため、60以上の数字が付いたものは急に高額で取引される点も興味深い。何より大振りで所有欲を満足させてくれるため、アンティークコイン収集の初歩の一枚として、持っていても良いかもしれない。

稀に贋作も存在するため、スラブ入りのものを手元に置いて欺かれないように注意したいところである。スラブの良さはコインの評価が可視でき、取引を優位に運ぶことだけでなく、真贋判定の腕を磨くための最良の資料にもなる。教材費と考えれば、ルースより少し値が張っても見合う価値になるかもしれない。

アンティークコイン収集の醍醐味は何より楽しむことであり、真贋の見極めのレベルを磨くことは、その楽しさをより濃厚なものとする。これを機会に、そうした資料的な見方にも興味を持ってもらえたのなら、それに勝る喜びはない。


Shelk 詩瑠久 🦋

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