見出し画像

8下準備(Ⅱ)

さて、次は自分達の裁判の戦略です。

訴状が受理されると事件番号がふられます。「平成23年(パ)1111号」というように(これは例です)。
そして担当部署も決まります。西村さん、南村さんを提訴した事件は民事事件ですから第24民事部(ん)係となりました。
(※横浜地裁には第24民事部はありませんし、ん係もありません)

裁判所のサイトには裁判官の名前が載っているので、自分たちの担当裁判官がわかります。地裁も簡裁も裁判官は基本的には一人です。地裁で裁判官が3人になる事はありますが、私たちのような重要でない裁判は一人で十分なのですね。

私たちの場合、地裁に2件、簡裁に1件提訴しましたから3件、裁判官3人におつきあい頂きます。最初は「裁判官は、あまり個性的ではないだろう」と思っていましたが、それでも人間ですから、それぞれ極端ではなくともクセとか性格もあるでしょう。まずは担当の裁判官がどんな人物か把握しておこうと思いました。

裁判官の氏名がわかったので、まずはネット検索です。地裁の裁判官二人のうち、女性裁判官の方は、1つの裁判について、記事が見つかりました。記事になるくらい珍しい裁判だったようで、ちょっと女性寄りの考え方なのだなぁ、という感じです。
もうひとりの地裁の男性裁判官については、ネット情報ナシ。そうそう、ネット検索と言えば「2ちゃんねらー」の井上君の得意分野です。もちろん、井上君にも検索してもらいましたよ。

そして、記事はないけれど、神奈川簡裁の裁判官の情報が2ちゃんねるにありました!悪評と言うより罵詈雑言の書き込みが5,6件ほど。「暴言裁判官」とか「ブチ切れ裁判官」とか、要するに非常に感情的で乱暴な印象を受けます。ですが、これを真に受けていいものか…

裁判官は「お役人」ですし、熾烈な受験勉強に耐え抜いて来たのですから、そこまで酷いなんてありえない、むしろ裁判に負けた人が腹いせに書き込みをした可能性もあります。この悪評については鵜呑みにせず、実際に傍聴してみてから判断しようと思いました。ネット情報だけでは単なる「思い込み」だけになってしまう可能性が高いですからね。

さぁ、敵情視察だ、傍聴に行くぞ!
 
まず地裁の、西村いちろうさんと南村二江さんを訴えた裁判を担当する事になった、女性裁判官の裁判を傍聴に行って来ました。裁判官によって、法廷が開かれる曜日が違うそうですので、もう一人の地裁の裁判官はまた、別の日に傍聴することにしました。

裁判は、午前と午後、何件か行われるようですので、何も慌てて行く事はなさそうです。
大事なのは見た目ですね。裁判の当事者、プレイヤーである井上君の見た目を「常識人」にしなければ。
 
裁判官を「見に行く」という事は、逆に言えば裁判官席から、傍聴席の私達も「見られる」訳です。どんなに心優しく親切な人であっても、最初の見た目が悪いと、それだけで嫌われる事が多いです。井上君は体格が良く、目や鼻、口が大きく顔までもゴツイ上に、髪型がいつも角刈りなので、黙っていると絶対に「常識人」には見えません。ムスっとしている時は危ない雰囲気になります。これでは「被害者」ではなく、「絶対的加害者」にしか見えません。(笑っている時はカワイイですよ。一応、言っておきましたw)
 
そこで、私は傍聴に行く前日、行きつけの美容院に井上君を連れて行きました。
「この角刈りじゃあ、良くて格闘家、悪くてカタギじゃない人に見えちゃう もんねぇ。」
実は井上君の気持ちが「裁判をする」、と固まった時から「当分の間は床屋に行かないでね」と頼んでおいたのです。角刈りでは、ヘアスタイルを変えたくても、変える程の髪の毛がないのだから、どうにもなりませんものね。

「まさか、ねぇ…美容院なんて、この俺が…。」
と言いながらも恐る恐るついて来てくれた井上君…。やっぱり何としても勝ちたいのですね。
美容師さんには
「少しでもいいから何とか、好青年っぽく見えるようにお願い!!」
と、頼みました。美容師さんは男性で、その美容院に入社して以来、2年ほどのつきあいです。美容業界も不動産業界と同じように人の入れ替わりが早いので、上手な美容師さんに出会っても、いつ居なくなるかわからないのが困ります。2年も同じお店にいるのは珍しい方ですね。

「う~ん…」
と、美容師さんは椅子の上で硬直したゴーレムのような井上君を360度から眺めると
「おまかせでいいですか?」
と聞きました。
「はいっ!おまかせで!私には、この巨大生物、ど~~したらいいか、サッ パリわからないもん!」
と、言う訳で、まな板の鯉…いえ鯉に失礼ですねw まな板の組長のような井上君は、洗髪台に連行されて行きました。それから再び鏡の前の椅子に座らされ、それから約30分。美容師さんは井上君の髪をサクサクカットし、また洗髪して、ドライヤーで髪を乾かし、ワックスを両手に揉み込み、フサッ、フサッと髪を上の方に向けて掃くような感じで軽く持ち上げました。
 
「はい!如何でしょう?」
美容師さんに呼ばれて小走りで井上君を見に行くと、そこにいたのは「普通よりオシャレな青年」でした。年齢もマイナス5歳くらいに見えます。

「ええええええええ~~~っ???これが、いのっちぃ?」


角刈りからオサレ男子へ



私は思わず大声を出してしまいました。他のお客さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。
鏡に写った井上君も、まぁるい目が飛び出しそうなくらい目を見開いてしまいました。

美容師さんは、少し伸ばした髪の耳から下くらいは短くサッパリ切って、上半分はオシャレな感じに立たせたのですが、これが丸顔の井上君にピッタリはまりました。
「ウッソぉ~~!!いのっち、カタギみたぁい!!」
「…いやぁ…これはスゲェ…。」
「マジで足を洗ったんスか、オジキぃw」

さすが常連になるほどの腕前の美容師さんです!井上君は顔立ちが「押しが強い」ので、この髪型なら、着る物によっては脇役専門の俳優か、あるいは政治家にでも見えちゃうかも知れないくらいです。
 
「ありがとうございましたっ!!本当にありがとうございました!!」
深々と頭を下げてお礼を言ったのは、「お客さん」の私達の方でした。私も井上君も、それはもう大満足でお店を出ました。そして、翌日の傍聴の際、は井上君には「スーツ着用の事」と厳命しておきました。

 
そして、その翌日の午後、井上君の地裁担当の女性裁判官の傍聴に行きました。午後の裁判は3件入っていました。
裁判所の法廷は、傍聴人が入れるドアが決まっています。裁判官席を上座とすると、下座の方ですね。傍聴席は、裁判官や裁判の当事者の席とは、柵で隔てられています。

午後の裁判は13時からですが、傍聴人の私達は、13時より少し前に法廷に入れました。最初に行った、マスコミで騒がれた裁判で学んだのですが、法廷では午前も午後も、第一回目の当事者と、その弁護士も(あるいは弁護士だけが)当事者席について待っています。雛壇の上に裁判官の席、当事者席は一段下で、左右に別れます。傍聴席から見て、向かって左側が原告、向かって右側が被告の席で、長テーブルに、椅子がいくつか置かれます。

ちなみに当事者席に、弁護士が十人くらい座る場合もありますが、単なるブラフだそうです。

傍聴人は、いつ出入りしてもいいのですが、とにかく静かにする事。午前の部も、午後の部も、まず書記官が法廷で準備をします。裁判官と書記官は、裁判官専用のドアから入って来るのですが、午前の部、午後の部共に、裁判官が入室した瞬間に傍聴人は全員起立します。裁判官が席について、こちら側を向いたら、誰の指示もないまま当たり前のように全員が礼をします。そして裁判官が座ってから、全員着席。学校の授業のようですね。
 
この日も、ちゃんと起立、礼!

井上君は、ちゃんとスーツを着てきました。…でも、やっぱりダサかった。髪は、美容師さんに教えてもらった通りにワックスで固めていましたが、薄いモスグリーンのスーツに水色と青のドット柄のネクタイをつけてきました。
ああああああ…モスグリーンに合わせるなら、同じグリーン系か、薄い茶色系だよ。あるいは無難な薄いグレー…ぼんやりしたモスグリーンは難しい色です。

さすがに井上君のワードローブまで知っている程の仲ではありませんでしたので、ここまでファッションセンスが壊滅状態だとは思っていませんでした。井上君にとっては、このスーツは「一張羅」とのことでした。職場で、同じくらいの体格の上司が、さらに太ってしまったので着られなくなったので頂いたそうですが、質のいいオーダーメイドです。
「だから着てきたんだけど、何が問題なんだ?」
ファッションセンスに関しては説明しても無駄です。仕方ない、次回からは無難な紺色スーツを指定しよう。紺色なら、どんなネクタイでも、まぁまぁなんとかなります。

この日は、私は濃紺の膝下まで隠れるスカートに白いブラウス、ライトグレーのカーディガンでした。ここも心理戦です。この裁判官は女性です。どんなに偏差値が高かろうと、どんなにハイスペであろうと、女性は女性です。「女を出す」女性は、女性に嫌われがちです。
そこで、少なくとも「裁判官から嫌われる」事は避けようと思っての地味でスッキリしたコーディネートでした。

心理戦は、もう1つありました。井上君はどこから見ても非モテです。悲しいかな、見た目が良くない男性は何かと差別的に見られてしまうのが現実です。ですが、見た目が良くなくても、結婚していたり彼女がいたりすれば、かなりポイントが上がります。そこで、私は誰が見ても「井上君の奥さんか、彼女」のように振る舞いました。

とにもかくにも戦になった以上は勝ちたいので、何でもアリです。

傍聴しながら、井上君に耳打ちしたり、時には眠そうに井上君の肩にもたれかかったりと、「彼女」アピールをして置きました。井上君には事前に説明してあったので、驚く事なく自然に振る舞ってくれました。

そして、傍聴人は私達以外に一人か二人。途中で入って来た人、出ていった人もいますので、最多の時間帯でも四人でした。傍聴席は、さすが横浜地裁だけあって40人は座れそうです。そんな広い場所で、多くて6人しかいない傍聴人の中で、私達の姿は確実に裁判官の目に入っていました。何回か、裁判官と目が合っちゃいましたもん。ウフフw。

 
さて、傍聴の中身です。後で知ったのですが、法廷では、最後の「証人尋問」までは、ほとんどが「次回期日」を決めるだけのようです。それまでは「準備書面」という書類を送り合って、法廷では、その書類の中での疑問点などを相手方に聞く程度で、ドラマに出て来るような、弁護士が法廷を歩き回って演説をするようなシーンは「ウソ」だったのです。

そうとも知らずにノコノコと傍聴に行った私達ですが、この日はラッキーでした。たまたま「証人尋問」のある日だったのです。それだけではなく、本人訴訟でやっている人も見る事ができました。残りの1件は次回期日を決めるだけでしたが、他の2件がとても勉強になりました。

 
どちらも報道されている裁判ではないし、事件の内容や互いの主張は詳しくはわかりませんが、聞いていて、何となくはわかりました。


 
ひとつは事業用の土地の明け渡し事件でした。訴えられた側、つまり被告ですね。被告自身の証人尋問の日だったのですが、どうも言っている事がムチャすぎて、これじゃあ訴えられても仕方ない、という状況でした。

借地の上で、工場を経営していて、地主に長年地代を払わなかった様子です。そこで地主が明け渡しを求めたら、工場の事業で土壌が汚染されてしまっていた。
しかし訴えられた被告の人は、もう工場は営業していないのに明け渡しを拒否し続けている様子です。
その人はご高齢で、ボソボソと長い長い時間事情を説明しているようなのですが、不思議に両方の弁護士も、裁判官も、ずっと黙っていました。
(裁判官は、時々ウトウトして…ハッ!と目をさますのが面白かったです。 ナイショですけどw。)

最後に裁判官の言葉で、被告のお爺さんが「一人語り」していた訳がわかりました。
「被告さん、かれこれ、もう2年もやっているんですから。もういいでしょ う?」
つまり被告のお爺さんは2年間もゴネ続けていたんですね。
でも、その後の裁判官の
「経営を続けたいお気持ちは理解しますが、後継者はいるんですか?」
と言う質問に口ごもってしまいました。もう子供達も見放しているような状態だったようですね。

結局この日は次回期日を決めて、終わりました。
 
私は、何て我慢強い裁判官なんだ!と思いました。聞いていると、もう呆れるような言い訳ばかりで、普通なら「そんな事はどうでもいいでしょ!」と言いたくなるような「身の上話」だけです。これを2年間も聞かされ続けてきたんですね。裁判官って大変だなぁ。

 
 
2件目は土地の境界争いでしたが、これは訴えた方、つまり原告が本人訴訟でした。ですが、本人訴訟の参考にはなりませんでした。原告はお年寄り夫婦だったのですが、ちょっと様子がおかしかったのです。
証拠として出したものが、不動産屋さんがポスティングしたチラシなのですが、(そんなモノが証拠になるなんて驚きました!)裁判所に提出したものと、自分達が持っているものが違うものだったようなのです。そこに裁判官が気づいて指摘されたのですが、この夫婦、言われている事の意味がわからない様子で、
「いや、これを出しました。」
などとゴネるのです。
ところが裁判官は、怒りもせず夫婦を手招きして裁判官席に呼んで、2枚を見せて教えてあげたのです。
「いいですか?…この部分。よく見てくださいね、違うでしょう?」
と、とても親切でした。きっとすごく優しい方なのでしょうね。

ところが、その後、この夫婦は、不動産鑑定士に裁判所の費用で測量して欲しいと言うのです。さらに、自分達の指定する鑑定士でなければイヤだと、ゴネることゴネること!
お年もお年だし、夫婦揃って認知がご病気になったのかも知れませんが、これまで優しかった裁判官も、さすがに厳しく注意しました。
「規則は規則です!」
当然ですね。こういう方々に訴えられた方は、本当に迷惑千万でしょう。表情を見ると、訴えられた方も被告席にいましたが、無表情で、弁護士さんも退屈そうにしていました。


 
結局、この2件を傍聴して、この女性裁判官はとても親切な方だ、と思いました。それに情のある方なのだと。裁判官が、こんなに優しいなんて思っても見なかったので、驚きました。と、同時に安心しました。こんな優しい裁判官なら、私たち素人の初めての裁判でも、我慢強くつきあってくださる事でしょう。
 

 
さて、次は、簡易裁判所の偵察です。でも、簡易裁判所に行った日、傍聴できるような裁判はありませんでした。いわゆる「少額訴訟」ばかりだったのでしょうか。

裁判官「え~、原告、被告。和解でどうですか?」
原告「はい。」
被告「はい。」
裁判官「では次回期日は…」

この調子で次々と終わるので、簡易裁判所は、これ以上見なくていいかな、地裁を見たし。どうせ棄却されるために提訴したんだし、と、省いてしまいました。ところが、この簡裁の裁判官は、ネットに書かれていた通りのトンデモ裁判官だったのです。


目次
1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)
1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)
 3現場検証したら(Ⅰ)
 3現場検証したら(Ⅱ)
3現場検証したら(Ⅲ)
 4仕事しろよ(Ⅰ)
4仕事しろよ(Ⅱ)
5本もない(Ⅰ)
5本もない(Ⅱ)
5本もない(Ⅲ)
5本もない(Ⅳ)
6お宝20号
7普通が一番
8下準備(Ⅰ)