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4仕事しろよ(Ⅰ)

ところで、皆様ご存知のように登記簿って実態とは違う事がありますよね。例えば登記簿上では家屋の所有者がA野B子と書いてあっても、実際はC田D夫さんが固定資産税を払って住んでいるなど普通にあります。登記の名義を変えるのは前の所有者が協力しないとできませんので、正常な売買をしたのに、前の持ち主が名義の書き換えに協力せずに裁判になる事もあります。また、名義を変えるにはお金がかかるから、相続してもそのままにしておいたりと、色々問題が多いです。

 昭和A棟の登記簿に、南村おばぁさんが言う通り実の娘の「東村和美」さんが所有者と書かれていれば納得しますけど、他人の名前だったらおばぁさんの話は真っ赤なウソか、名義を変えていないか。
名義を変えていなくても相続とか売買した証拠があれば所有者と認められますけど、何の証拠もなければやっぱりウソだという事が証明されますよね。
 
そして、井上君と私は管轄の法務局に到着し、登記簿を取りました。

昭和A棟は、家屋番号1201番3のです。

2階建てになっています


井上君の元々の大家さんだった「東村」姓の名前は、どこにもありません。
しかも、2階建てのままです。隣のB棟の登記簿にも「東村」姓はありませんでした。A・B棟は大正11年に建てられて、その後2棟に分けてからA棟の方を売った様子です。B棟の家屋番号は1201番3のです。
井上君が建物を借り始めた頃からB棟は空き家でしたので、事情を聞ける人はいませんでしたが、私たちに関しては、家屋の相続や売買の問題ではありませんので、登記簿上2階建てになっていても問題はありません。

問題なのは、東村さんの名前が登記簿に記載されていない事です。


「やっぱり茶髪が大家だなんてウソじゃねぇか!東村さんの名前なんてドコ にもないじゃん。」
茶髪、とは井上君に鍵を渡した自称「大家」の東村和美さんです。
「うん。あ、でも…。」
井上君、元の大家の「東村元男」さんが質屋をやっていたと本人から聞いていたそうなのです。
「あのさ、昔は家を質入れするってアリだったんだよね。もし登記簿に書い てある稲井さんが昭和A棟を東村さんに質入れしたとするよね。で、家を 質入れするくらいだから相当お金に困ってて、夜逃げして行方不明だった りして。そうするとね、質屋さんはお金返してもらえなかったら、その家 を自分のモノにしていいんだけど、稲井さんが消えちゃったら登記簿は変 更できないじゃん?」
「ほぉ。」
「登記簿の変更は前後の所有者が協力しないとできないから、稲井さんが出 て来ない限り、登記簿は永遠にあのまんま。でも実態は東村元男さんの所 有物件かも知れないんだよねぇ。」
「へぇ~…。」
「って思ってたら、やっぱり南村おばぁさんのウソだったりして。」
「不動産って、色々あるんだなぁ…。」

私たちは土地の登記簿も取りました。土地の所有者は山本典史さんという人でした。ちゃんと相続した記録がありました。この方はキチンと正しく登記する方のようです。登記簿には所有者の住所が記載されます。山本さんの住所は昭和A棟のすぐ近くでした。
「あ、もしかしたら、あの先生の家かも。」
井上君が、昭和A棟の近くに、法律関係のお仕事の事務所兼自宅のような大きな家があるので、その家に住んでいる人が地主さんなのかも知れない、と言うのです。法務局にはブルーマップという詳しい住宅地図があるので、調べてみたらアタリでした。
(下の地図はブルーマップのコピーではなく、自作したものです。家屋の位置や住所、家屋上に書かれた氏名などは架空のものです。)


地主さん宅は黄色い部分です。


「山本司法書士事務所」兼「山本税理士事務所」が、山本典史さんの住所でした。司法書士さんは会社や不動産の登記をするのがお仕事です。どおりできちんと登記をしているはずです。
 ともあれ登記簿も取れたし、この日は予定通り神奈川に帰ることになりました。

その翌日、私は仕事でしたので、井上君がS司法巡査に電話をしました。登記簿上の所有者が「稲井人世」さんになっていて、「東村」姓の人が記載されていない件を話すと、さすがにSさんも慌てた様子で
「署でも調べてみますので。後で電話します。」
と言ってくれたとのことです。
S司法巡査から折返しの電話が架かって来たのは約15分後でした。仕事、速いなぁ!!例え法務局がM署の隣だったとしても、法務局まで行って登記簿を閲覧してM署に帰ったとしたら、少なくとも30分はかかります。もしかしたら、警察署にも登記簿があるのかも知れませんね。あるいは法務局とオンラインで繋がっているか。こう言う事は警察関係者が身内にいないとわかりません。
 Sさんは早口で、
「こちらの登記簿も『東村』さんの名前はないです。とにかく、南村さんに 事情を聞きますから、それからまた連絡します。」
と、何だかSさんらしくない緊迫感があったそうです。井上君は、Sさんも今度こそはちゃんと仕事してくれそうだと、期待して待っていました。


目次
1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)

1大家が泥棒(Ⅲ)

2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)

3現場検証したら(Ⅰ)
3現場検証したら(Ⅱ)
3現場検証したら(Ⅲ)