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2オタ友のために(Ⅲ)

「あっ!」
井上君が声をあげたので、おばぁさんもこちらを見ました。…鋭い目つきで。このおばぁさんが、例の『大家』さん達のひとりだったんですね。
真っ赤なコートに、ジーンズとスニーカー…。お化粧もしていなかったので、何だか派手なコートだけが浮いている感じでした。
そこへ、すぐにS司法巡査がやって来ました。うん、確かにフツーの人だ。身長は高いけれど、あまり記憶に残らないような平凡な顔立ちで、濃いグレーのスーツに、薄いグレーのストライプのネクタイ、井上君が言ったようにサラリーマンにしか見えませんでした。
ひととおり挨拶をして、Sさんと井上君と私だけが小さな部屋へ入りました。
コンクリートの壁、妙に薄暗い電灯…ヤフオクの「レトロ小物」で売れそうなくらい古い小さな電気ストーブ。

それに、窓がない!

窓がないって、それだけで圧迫感があるものなのですね。何だか刑事ドラマに出て来るような、犯人が自白させられる部屋のような感じでした。

ところがS司法巡査は、意外に普通に話せる人でした。主に私が話をしていたのですが、ちゃんと聞いてくれました。やっぱり12月24日深夜の杜撰な対応は、相手が「井上君」だったからかw
私は、『大家』さんが鍵を替えてしまって、こちらは鍵を持っていないので、何を盗まれたかさえわかりません、契約書も昭和A棟の中にあるので、民事でやるにしても契約書がないと困ります、自作のパソコンも家屋内にあったので、これは高価なものです、などと穏やかに話をしました。

そして、午後1時に昭和A棟前に集合して、現場検証をする事となりました。『大家』さんの南村二江さん(ベンチに座っていたおばぁさん)が鍵を持って来たので、一緒に来るそうです。南村さんの名前は、前年の12月24日に、このM署で大騒ぎをしたとき、警察官が名前を聞いて、「二江」さんの漢字も聞いたので、井上君が覚えていたのです。

「あ、それでアナタは…?」
S司法巡査は、私の名前とか、どうして一緒に来たのか聞くのを忘れていたのです。あれだけ長時間話したのに。
う~ん…何だろう?この注意力の欠陥…。やっぱり、Sさんは刑事には向かないかなぁ…。
私はとりあえず免許証を出して、井上君が心配だから一緒に来ました、と説明しました(正しくは井上君の性格が心配、でしたがw)。Sさんの反応は、ああ、そうですか、で終わってしまいました。ええ、そうですよ、私なんか、タダの野次馬ですよ~だ!


そして、私と井上君はファミレスでお昼を食べて、午後1時ちょっと前に昭和A棟へ行きました。昭和A棟は、大通りに面したお弁当屋さんの駐車場の、すぐ裏です。


昭和A棟はお弁当屋さんの駐車場の裏です


私たちが到着したときには、すでに2台の車が路上駐車していました。S司法巡査と、おばぁさんの車でした。警察官が路上駐車…まぁいいかw 
Sさんの車は普通のシルバーの乗用車でした。しかも、Sさんは一人で来ました。「現場検証」なのですから、警察官が数人来て、ドカドカと「事件現場」に入るかと思いきや、刑事未満がたった一人!

た~った一人です!

何ですか、このドラマ性の欠如!

既にSさんと南村さんが打ち合わせをしていたようで、私たちが車を降りると、南村さんがサッサと歩いて行って、その後にSさん、井上君、私が続きました。昭和A棟の前は、軽自動車も入れないくらい細い通路でした。
車を降りて、歩いて15秒。私の目の前に、初めて見る昭和A棟が現れました。

…あら、レトロでいい感じじゃない!


昭和A棟


当時は、こういう古い家屋を居酒屋に改装した、昭和の雰囲気を楽しむお店が流行っていましたので、ついつい「もしかしたら、いい物件かも」と思ったのも束の間、南村さんがサッサと昭和A棟の鍵を開けました。

何ですか、この流れるような展開!ドラマに必須の「間」という物がないじゃないですか!!緊張感のカケラもない、迫力も何もない!はるばる5時間もかけて、こんな極寒の地まで来たのに…

この刑事さん未満には、本っ当にガッカリだよ!




目次

1大家が泥棒(Ⅰ)

1大家が泥棒(Ⅱ)

1大家が泥棒(Ⅲ)

2オタ友のために(Ⅰ)

2オタ友のために(Ⅱ)