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1大家が泥棒(Ⅲ)

「かわいそうに…日頃のバチがあたったんだねぇ…。」
追加で買ったカプチーノの泡をくるくる回しながら、私は多少、井上君に同情しました。
「一体俺が何をしたって言うんだよぉ…。」
「お前の罪を数えろ。今年の分を数えても百八つは超えてるよねw」
 

仮面ライダーWの決め台詞


 
「それはお互い様だろうが。」
「でも、どうして捜査しないのか、さっぱりわかんないよね。だって自転車 だって盗めば犯罪でしょうに。」
「そうだろ?そうだろ?『大家』様なら何やってもいいってのか!」
井上君の目は怒りにギラギラしています。ただでさえ顔怖いんだから、公共の場では怒らないでほしいな~。その顔だけで職質受けちゃいそうだよw

当時、世間では「スマイル何とか」という会社の『ゼロゼロ物件』の話がニュースになっていました。1日でも家賃を滞納すると、部屋の中の荷物を全部外に放り出して鍵を替えて中に入れなくしてしまう悪徳業者、いわゆる「追い出し屋」です。西村さん達のやった事は、まさにその「追い出し屋」だし、他人の物を持って行くなんて泥棒です。
盗られた物の中には自作のPCや登山道具など、高価な物もあったとのこと。また、値段はつかなくても、M市支店の職場仲間との写真を収めたアルバムもあったそうです。このような「思い出」は本人にとっては宝物ですよね。なのに盗まれた物を調べようともしてくれないM警ってナンなんだ!

それに、ご老人たちが「大家」ならば、つまり元々の大家さんの相続人ならば、相続してから10年以上も家賃を請求して来なかった事もひっかかります。
「あのさ、いのっち。そいつらって本当に『大家』なの?」
「あ~?自分らがそう言ってたけど…」
「だって前の大家さんが亡くなってから、一回も連絡してこなかったんで  しょ?前の大家さんの相続人だって、警察の人、確かめたの?」
「いや、相手の話鵜呑み。それでさ、西村ジジィが弁護士の名前と電話番号 を俺に教えたんだ。何だかやたら偉そうに『必ず弁護士に電話しろ!』
 なんて命令しやがってさ。」
「へー。」
「だから俺、こっち帰ってから、その弁護士のとこ電話したんだよ。そした ら受付の女の子がセンセイ様お出かけだって言うから、事情説明して、俺 の電話番号伝えておいた。」
「その後弁護士から連絡は?」
「ない。」
「ないの?ありえないなぁ、普通。」
「だろ?」
「もう一回電話して見たら?」
「いや、やめとく。いずれ向こうから連絡来ると思うんだゎ。」
「まぁ、そうだね。そう言えば今日、大晦日だから弁護士事務所もお休み  だよね。」
「だけどさ…。まぁ俺も相続人が誰かわからなかったとはいえ、家賃払って なかったのは事実だから。年明けたら、時間つくって引き払わなきゃなら ないよな。」
「ん?引き払う必要はないよ、まだ。」
 
「あぁ?」
ポテト落ちたよ、井上君。
「どーゆー事よ、なんで出ていかなくていい訳?」
井上君との間で、真面目な話をしたのは、この日が初めてだったような気がします。
「あのさ。前の大家さんが死んでから、誰からも連絡なかったよね。契約書 はあったのに。お母さんの電話番号とか、いのっちの事がわかったのは
 契約書があったからだよね?」
「うん。だろうなぁ。」
「それで、相続人なんだよね?じいちゃん達。だ~け~ど~、10年以上、 誰からも家賃請求されなかったよね。」
「うん。」
「それさ。家賃いりませんってことだよ?」
「お!」
「で、あの家使ってて誰からも一度も文句言われなかったよね。」
「うん。」
「それはぁ、タダで使っててOKですよって事じゃん。」
「ほぉ!」
「ちなみに『使用貸借』っていうタダで使っていいよ、って契約はあるの。 親族同士とか、ムチャクチャ深い関係の人達の話だから、いのっちとジィ バァとのケースは関係ないけどさ。一応そういう『家賃タダ』という契約 が、あるにはあるのよ。まぁ、これは置いといて警察が『民事』でやれっ て言うなら、民事的には請求がないなら『いりません』という意思表示に なるよね。家賃については。」
「そうか。なるほど~。」
「それにね、誰が相続するかって話で10年間揉めていて、相続人が決まっ ていなかったという事も考えられるじゃん?それでも家賃を請求する
 権利はあるんだから、『誰が受け取るか』決まるまで、裁判所に預かって
 もらったりして、とにかく取れるお金が、あ・る・事・を、知っていたら 取って置かないはずがないのよ。」
「へぇ~…。つまり?家賃が取れるって知らなかった可能性がある訳?」
井上君の最後のポテトがなくなりました。いつもなら追加でもうひとつ、バーガーセットを頼む井上君ですが、この日は注文に行きませんでしたw
そして、私は話を続けました。
「だから、民事の家賃に関しては後で考えればいいの。出て行く行かない  も、その後の話だよ。だけど刑事事件は捜査してもらわないと。」
「うん。加害者が自分で盗みましたって言ってるのに、家賃払ってないから 捜査しないなんて!民事不介入の原則はどうなるんだよ!思いっきり民事 に介入してんじゃねーか!その上自分の仕事は刑事なのに仕事しねーし! 弁護士がついてよーが!窃盗したのはジジィども認めてるんだから、捜査 しないなんてオカシイだろ!」

 悔やまれるのは井上君がひとりでM警察署に行った事です。せめて私がついて行ってたら…。井上君は当事者ですから怒り心頭で感情的になるのは仕方ありません。私は第三者ですから、その場でS司法巡査に「家賃の滞納と、不法侵入や窃盗は関係ない」事を、冷静に説明できたでしょう…。