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3現場検証したら(Ⅲ)

その後、S司法巡査と共に、もう一度昭和A棟で盗まれた物品の確認に行きました。この時は井上君が渡された鍵で玄関を開けて、S司法巡査と二人で確認しました。私は昭和A棟の周辺や道路などの写真を撮りながら待っていました。昭和A棟の隣(大通り側)はお弁当屋さんの駐車場なので、その位置関係がわかる写真も撮っておきました。下の図は、ザックリ位置関係です。
細い通路側からは、建物全体が撮れませんでした。これは残念でした。


地図で見ると


玄関のある細い通路側からみた位置関係



大通りから見た位置関係



それから、またM署で、井上君だけが被害届けを出しに行って、私は車の中で待機しました。晴れた日中で暖房つけっ放しなのに、車の中の寒かったこと。去年のクリスマスの夜中、井上君が車の中でどんなに寒い思いをしたかわかります。もう1分でも早く神奈川に帰りたい、もう二度と、こんな極寒のG県には来たくないと思いながら井上君がM署から出てくるのを待っていました。

そして…井上君がM署を出てきた時のしょんぼりした姿!
井上君のことだから、Sさんとケンカして受理されなかったのかな?と思って話を聞くと、受理はされました。ところが、「加害者不詳」にされてしまったのです。その理由が、ご老人衆は確かに窃盗はしたけど高齢だから、それから大家さんだから。

あ・り・え・な・い!ありえなさすぎます!!

お手紙に書いたじゃないですか、未来の刑事さん!「日本では自力救済は認められていません。」って。家賃を払わなくても大家さんが自分で借主の持ち物を取ったら犯罪なんですっ!裁判所の許可の下で、執行官に強制執行してもらったりしないとダメなんですっ!しかも、ついさっき、お年寄りたちが大家さんではない、大家さんは、相続人の茶髪女性だと(今の所)わかったではないですか!!!
井上君は、キレるどころかがっかりしすぎて怒る元気もない様子でした。
「年寄りなら何やってもいいのかよぉ…。」
こんなにしょんぼりした井上君を見たのは初めてでしたが、とりあえず、昭和A棟に戻る事にしました。ちなみに、私に井上君を慰めてやる気が微塵もなかったのは言うまでもありません。
 
私たちは、昭和A棟の前に車を停めて、改めて話をしました。
実はさぁ、と井上君が恥ずかしそうに話したのは、盗まれたハードディスクの件でした。井上君が昭和A棟に住んでいた頃、つきあっていた彼女がいたのだそうです。交際期間は2週間くらいでしたがw そして、その元カノの写真を、盗まれたパソコンのハードディスクに保存していたと言うのです。際どい写真ではなく、ごく普通のツーショットの写真数枚でしたが、やはり女性の写真ですから何に使われるかわかりません。ご老人たちがパソコンを使えるとは思えませんが、彼らにもパソコンを使える親族はいるでしょうし、イタズラで写真を流出させるかもしれません。ハードディスクを売られていたとしても、捨てられていたとしても、同じ心配があります。
「それは困ったなぁ…何かあったら、元カノさんから訴えられかねない   ねぇ。」
「だよなぁ…。」
「つきあっていたのは10年以上前だよね?元カノさん、もう結婚してるん じゃない?写真を使われたら、それが原因で離婚とか…」
「脅すなよぉ…」
この事はご老人たちに言う訳には行きません。井上君の「弱み」ですから、すでにハードディスクを処分してしまったとしても「持っている」と嘘をついて、人質にされてしまう恐れがあります。しかし、この日はもう帰らなければなりませんでしたので、この件を含め、後で考えようと言う事になりました。
井上君はコンビニの空き袋に昭和A棟のポストの中身を無造作につっこんで、車のトランクに放り込みました。ピザとか保険などのチラシなどがたっぷり入っています。そして、神奈川に向かって車を発進させました。そのゴミ袋の中にとんでもない『お宝』が紛れ込んでいるのを知らず…。
 
発進して1,2分くらい経った頃、井上君の携帯に、南村おばぁさんから電話が架かってきました。井上君が運転しながら電話に出ると、元気な声が聞こえました(この頃は運転中通話は禁止されていませんでした。)
 
「もしもし、井上さんかね。あんた、今どこですか?」
井上君は路肩に車を停めて、スピーカーフォンに切り替えました。私はノートを出して
『ていねいに話す』
と書いて井上君に見せました。ウン、ウン、と頷きながら井上君は
「昭和A棟近くですよ。もう帰る所ですが。」
すると、おばぁさんは
「話し合いしましょう。」
というのです。
「それは困ります、我々今から帰らないとならないんですよ。話し合いな  ら、また他の日に。」
すると、おばぁさん
「ダメだ、何言ってるんですか、今から話します!!」
本日限定セールかな?それにしても、お元気で何よりだ。朝のうなだれた姿を思い出すと、わかりやすい人だなぁ、と思いました。それでも井上君は、キレずに丁寧な口調で話しました。私が『ていねいに話す』と書いたノートを、運転席のダッシュボードの上に置きましたからねw

「今から話し合いなどしていたら、我々、今日帰れなくなっちゃうので。」
でも、おばぁさんは警察沙汰にされたのがよほど面白くなかったんでしょうね。興奮して怒鳴るわ怒鳴るわ、支離滅裂で話になりません。お元気で迷惑だ。
井上君の携帯電話はスピーカーフォン設定になっていたので、話の内容は全部聞こえています。私は井上君、よく我慢しているなぁと思いながら聞いていたのですが、さすがにおばぁさんが
「警察なんか呼んで、何様のつもりだ!裁判してやる!」
と叫んだ時、井上君がこれ以上我慢するのはムリだと思って、電話を代わりました。
大家でも何でもないタダの泥棒が何をネタに裁判する気よ、と思いながら
「もしもし、さきほど一緒にいた者ですが。」
と言うと、おばぁさんの声色が変わりました。
「あ、はい。」
瞬時におとなしいおばぁさんに変身!いやぁ、いい反射神経してますね。お若い、お若いw。
「裁判されるんですか?それで間違いないでしょうか?」
と、私が聞くと、気弱そうな「お声」で
「いえ、あの…兄に聞いてから…。」
あらあら、裁判します、は勢いで言っちゃったのかな?
「裁判よりも話し合いで解決できませんか?」
私は、根気だけは自信があります。なんとか話し合いをしようというところまで行ったのですが、おばぁさんは
「今日なら話し合いします。」
と譲りません。でも、もう夕方ですから私たちも帰らないと…。求職中の井上君はともかく、私の職場は、事前に休みの許可をとらないとアッサリ解雇されかねませんからね。労働基準法なんて実際は何の役にも立ちません。
ところが、おばぁさんがどこまでも
「今日じゃないなら、イヤです。」
とゴネるので、その理由を聞いてみました。
「どうして今日じゃないとダメなんですか?」
すると
「わたしらが今日がいいんです!」
でした。なぁんだ、タダの気分か。
「それでは本当に裁判になってしまいますよ?アナタさっき裁判するとおっ しゃっていましたよね?私どもは、それでも構いませんけど。」

こう言うと、自分から裁判をすると言っていたおばぁさんも、しぶしぶ他の日でもいい、と言いました。本当にただ意地を張るだけで何も考えてない人なんだなぁ…。ともあれ、南村おばぁさんの性格はわかりました。ただただ「譲歩する」のがイヤなのですね。
これはもう躾の問題です。「譲歩する習慣」のないお年寄りに「話し合い」の場を設けても、おそらくまた一方的にがなり立てて決裂するだけでしょう。こういう人には「話し合い」の内容よりも、まずは何でもいいから、一つでもいいから「譲歩」させる事です。
一度やって見れば、おそらく生まれてこの方やった事のない「譲歩」というものが、それ程オオゴトではないとわかるのではないかな。

 そこで、
「まず、話し合いの場所を決めませんか?」
と投げかけてみました。井上君は、スピーカーフォンで会話を聞きながら、神奈川に向かって車を走らせています。
「今回はこうして井上がM市に来たので、次はそちら様が都内の方に、そう ですね、渋谷あたりがいいですかね。」
「渋谷だなんて、そんな遠くになんか行けませんっ!」
いきなりの金切り声が炸裂しました!いちいちうるさいなぁ、もう…。
「ですけどね、私たちも『こんな遠い』M市まで来てるんですよ。」
「お宅さんらが勝手に来たんでしょう!」
…忍耐、忍耐。
「どうして来たか、おわかりですよね。南村様が関係なければM署に呼ばれ ることもなかった訳ですし。でも、こうなった以上、話し合うしかないん じゃないでしょうか?」
あ、元気なおばぁさん、黙っちゃった。
「何も渋谷でなくてもいいんですよ。でも、私たちが今回泊りがけでM市に 来たので、次はそちら様が、少なくとも井上が、泊まりで行かなくて済む くらいの所まで来てくださったら平等でいいんじゃないでしょうか。」

すると、おばぁさんは、今度はすすり泣きを始めました。ここ、泣くトコじゃないからw 私は無視して続けました。
「お互い譲り合えば一度でお話も済むかもしれませんし、それに渋谷ってM 市から高速バスを使えば2時間くらいで来れますよ。」
「だから、東京なんて行った事ないんだっ!!!」
今度は絶叫ですか。オラだってG県なんかイヤだよ。
「じゃあ、G県と神奈川の中間の県にしますか?」
「法的措置をとりますっ!」
あれ?お兄さんに相談はしなくていいのかな?
「はぁ、裁判ですか。」
と、聞くと、おばぁさんはキッパリと
「裁判しますっ!」
と答えました。

私は井上君に電話切るよ、とサインを送りました。井上君がうなづいたと同時におばぁさんが電話を切っちゃいました。
「裁判やるんだって。」
「ワタシ、カンケーない。」
「あはははは!」

私たちはこのまま帰る予定でしたが、事情が変わりました。
「いのっち、登記簿とって行こうよ。」
「えっ?もう夕方だよ?」
「裁判するなんてウソだと思うけどさ。だけど何だかオカシイと思わない? 昭和A棟の中なんて、とても『片づけた』感じじゃないし。片づけたのな ら最後まで片づけるよね。掃除もしてないし、コタツは解体途中でしょ? しかもさぁ、年寄り連中は 大家じゃなかったし。あの茶髪だって大家  じゃないかもだよ?まだギリギリ間に合うから、とにかく登記簿だけは  取って帰ろうよ。」
「よし!わかった。今、場所探すゎ。」
井上君は機械が大好きで、カーナビを搭載していました。出始めの頃でしたので不具合は多かったものの、やはりカーナビがついていてよかった!私たちは近くの法務局へ急ぎました。


目次
1大家が泥棒(Ⅰ)
 
1大家が泥棒(Ⅱ)
 
 1大家が泥棒(Ⅲ)

 2オタ友のために(Ⅰ)


 2オタ友のために(Ⅱ)
 
2オタ友のために(Ⅲ)

 3現場検証したら(Ⅰ)
 
3現場検証したら(Ⅱ)