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3現場検証したら(Ⅱ)

そして、S司法巡査と井上君と私は、再びあの圧迫感のある小部屋へ入りました。テーブルを挟んで、奥側にS巡査部長が座り、入り口側の椅子に井上君が座り、私は井上君の横の椅子に座りました。
さぁ、これから刑事(未満)さんのお言葉を拝聴するのだ!どんなお言葉が出てくるか…。
ところが
「え~っとですねぇ…。」
またまた、の~んびり口調です!ああ、もぉ!国民の緊張感とか、その場の空気とか少しは読み取ってくださいよ、G県地方公務員!
「とりあえず、被害届けは受理します。」
はいよ。頼みますよ。

と、この時、部屋のドアがカチャッと開きました。何だと思ったら、南村おばぁさんが勝手にドアを開けて入って来ました。
「あのぉ、家の持ち主を連れて来ましたんで。」
S司巡査も
「えっ?何ですか?」
と聞きましたから、「家の持ち主」という話は初耳だったのでしょうね。
でも、おばぁさんは当たり前のようにスタスタと部屋に入ってきて
「この子があの家の持ち主なんです。私の実の娘ですんで。一緒に住んでます。」
と、勝手に話を続けました。普通、入る前にドアをノックして、「入ってもよろしいでしょうか」と聞いてから入ってきますよね。

一緒に入って来たのは30代半ばくらいの茶髪の女性で、ふてくされたような顔で黙っていました。普通、親が加害者で警察に来たら、少なくとも刑事さんには「ご迷惑おかけします」くらいの事は言いますよねぇ…。

「それで、井上さんに家の鍵を渡しに来たんです。」
普通、「今、お話してもよろしいでしょうか」とか聞きますよねっ?ねっ?Sさん? ところがS司法巡査、すっかりおばぁさんのペースに飲まれてしまった様子でポカンとしています。
「あ、え~、そうですか…。」

いや、ちょっと待ってください司法巡査!!最初、あのクリスマスイブの夜中、このM署内でご老人たちが「ワシらが大家だ!」って大騒ぎしたんじゃないですか。ところがアナタ、ご老人たちが「大家だから」と言う理由で捜査しないで帰した訳ですよね!
そうしたら「大家」はこの茶髪の女性ですって?ご老人たちは大家じゃなかったじゃないですか。ご老人たち、みんな嘘をついていた訳ですよね?「そうですか」、で片付けますか?普通っ!!

そこで、私は
「刑事さん、この鍵、井上さんが受け取って問題ないんですか?」
と、聞いてみました。法的にはダメですよね。その茶髪の女性が、本当の「大家」さん、つまり井上君に昭和A棟を貸した元々の「大家さん」である東村元男さんの相続人である事を確認しない限り、昭和A棟に関して何か決める事はできませんよね。
ところがS司法巡査、
「まぁ、実の娘さんなんだから、問題ないでしょう。」
ですって。
 
大アリだよ!
 
かと言ってSさんのご機嫌を損ねたら、被害届の受理だっておジャンになりかねません。
そこで、私が
「それじゃあ、書面を残した方がいいですよね。」
と、東村和美さんと井上君が、それぞれ鍵を1本渡した、受け取った、という書面を書いて互いに交換させるようにしていいですか、と聞くと、Sさんもそれでいいでしょう、と言いました。
このような書面を交わしておけば、後で何か問題が生じても、井上君が勝手に昭和A棟に入ったなどと言われる心配はなくなります。ですが、まさか鍵を渡されるとは夢にも思っていなかったので、この日は私も井上君もノートパソコンやモバイルプリンターなどは持っていませんでした。
仕方ないので私が自分のルーズリーフノートに「自称大家さん」用と、井上君用の例文を書き、「自称大家さん」である「実の娘」さんに
「この通りに書いてください。」
と、例文と何も書いてないルーズリーフノートを1枚渡しました。すると、驚いたことに「実の娘」さんは、刑事さんに椅子を譲られたら無言で座ったのです。普通なら「ありがとうございます。」と言いますよね。
 
例文は
 
『M市波手名3丁目7番5号の家屋の鍵を1本、井上准一氏に渡しました。
 
 平成23年1月11日
 
ご住所
 
お名前                           』
 
としたのですが、井上君が
「木造平屋建て家屋について」と一文を入れるようにと言いました。隣の建物(昭和B棟)は2階建てで、壁で仕切られているだけなので間違われると困るからとの事です。これはさすがに当事者だからこそ気づいた事ですね。

でも「実の娘」さんは、例文を見て、そのまま自分の住所、氏名のところに「ご住所」
「お名前」と書きました。見た所、30代半ば…さすがに自分の住所に「ご」、自分の名前に「お」はつけない「ご」年齢だと思いましたが。
そして、またまた驚いたのは「実の娘」さんが、何も言われなくともバッグから当たり前のように印鑑を取り出した事です。こういう書類を書く事を、予想していたという事でしょうか。


自称大家さんの「鍵の引き渡し書」


それにしても未だに忘れられないのが、この「実の娘」さんが、この「鍵の引き渡し書」を書く前にボソッと言った一言です。

「ワタシ、カンケーない。」
井上君も、これは聞き逃しませんでした。この言葉は、私達の「ネタ」になりました。汎用性があるので、この日以降、
「いのっち、お醤油とって。」
「ワタシ、カンケーない。」
と、いうようなやり取りをしては大笑いしましたっけ…。今となっては懐かしいオフザケです。
ただ、私もやっぱりミスがありました。『実の娘』さんが書いた、井上君の名前の一文字が間違っていました。「准一」が「進一」になっていた!ちゃああんと隅から隅までチェックしなきゃいけないですね。まぁ、大きなミスじゃないからいいか。
ですが、「実の娘」さんの「姓」には驚きました。亡くなった元々の大家さんの姓、「東村」だったのです。
「南村さん、これ亡くなった大家さんの苗字なんですが。」
井上君が聞くと、おばぁさんは井上君にではなく、Sさんに
「東村は私の叔父にあたるんですが、この子が養子縁組しまして。」
「あぁ、そうですか。」
あぁ、そうですか、じゃないでしょ!S司法巡査!仕事なんだから、本当に養子縁組したのか確認しなきゃ!!
でも、おばぁさんと「自称大家」さん親子は鍵を置いてソソクサと帰ってしまいました。



目次

1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)

1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)

2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)
3現場検証したら(Ⅰ)