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6お宝20号

それから数日後の夜のことです。「今夜はお局が夢に出て来ませんように」と祈りながら布団に潜り込んだ時、井上君からやたらと元気な声で電話かかかってきました。
「開けましたらっ!おめでとうございました~っ!!」
眠い時の私は機嫌が悪いです。
「本日の営業は終了しました。ほ~た~るの~ひ~か~ぁり~。」
この晩の井上君は、冗談返しをしているどころじゃなかったらしく、ソッコー本題に入って来ました。
「あのさっ!この前もって帰った昭和A棟のポストのチラシとか、捨てよう と思ったらさっ!!」

昭和A棟の?一瞬で眠気が吹き飛びました。何?何っ?
「チラシとか、つっこんどいたコンビニ袋開けたらさ!すっげーモンが入っ てたっ!もおおおおっ!びっくり!」
夜遅いのに携帯から聞こえる大声でご迷惑をおかけしまして、お隣様すみませんでした。
「それがっ!内容証明が入ってたんだよ!西村のジジィが『必ず電話し   ろ』って俺に電話番号教えた古門っていう弁護士からなんだけどさっ!」

そうそう、M署内で西村いちろうさん達が『もう弁護士を頼んである』と言って、それでS刑事さんが事件にしないで『民事でやりなさい』と言ったんでしたね。古門弁護士は、井上君が今も昭和A棟に住んでいると思って、A棟に送ったのでしょうね。

「で!そ・れ・で!!古門弁護士、連中から依頼なんか受けてないって   よ!!!」
「何だとぉおおおおおおお!!!!!」
夜遅いのに、さらに私の絶叫でご迷惑をおかけしまして、お隣様、重ね重ねすみませんでした。

「それどころか、連中と地主さんがモメてるらしいんだゎ、古門先生はその 地主さんの方の弁護士なんだってよ!」
「何、何?何だってぇえ?それじゃ対立関係の相手方の弁護士じゃないの! ありえない!」
「だからジジィども、警察に大ウソつきやがったんだよ!『大家』だって  言ったのもウソだったし、弁護士なんか頼んでなかったじゃねーか!しか も、いくらウソつくにしてもよ?モメてる相手の弁護士の名前出すか?フ ツー?」
「いや~、スゴい!ハンパない!!しかも親戚一同揃って警察にウソつくな んて、スゴい一族だゎ。タヌ神家の一族か?」

事実は小説よりも奇なり、と言う言葉がありますが…。まさか、こんな大どんでん返しを見るなんて想像もつきませんでした。
この時は電話でしたので井上君が全文読んで聞かせてくれたのですが、要するに、
1,古門弁護士はご老人たちから依頼は受けていない。
2,古門先生は山本典史さんの代理人弁護士である(山本典史さんは昭和A  棟・B棟の地主さんでしたね。)
3,現在、山本さんの代理人として東村和美さん達と「貸した土地を返せ」  と交渉中である。
4,だから井上君の事件は古門先生は関係ない。

と、いう内容でした。 

 

古門弁護士から来ていた内容証明郵便


「いや~、よかったねぇ、チラシと一緒に捨てちゃわなくって。」
「うん。マジでゴミ袋ごと捨てるトコだったけど、最近ゴミの捨て方がうる さくなったろ?で、資源ゴミの日に縛って出そうかと思って中身を見た  の。これ、ジジィ達に盗まれてなくてよかったぁ。」
神奈川では、チラシなどの紙やダンボールは資源ゴミとなります。
「うん、本当によかったねぇ、捨てなくて。でも弁護士まで入って明け渡し 交渉なんて、普通じゃないね、あの一族。」
井上君は、亡くなった大家さんとは時々話をしていたそうで、子供がいないことや資産家だという話を聞いていたそうです。
「俺んとこ入ったのも、関係あるな、きっと。あの茶髪が養子縁組したなん て話もオカシイし、ドロドロの金がらみの事情とかあるんだろうな。」
「でも、そんなにあっさりバレるウソつくなんて、つくづくスゴい。スゴ過 ぎる。面の皮の厚さ、測ってみたいゎ。」
「とにかく、この内容証明はお宝だよ。連中が大ウソつきだって自ら証明し たんだからな。しかも弁護士の保証つきで!」
「わははははっ!その通り!!!美味しい美味しい!!!」
この面白い展開のお陰で、私は興奮気味になって、なかなか寝つけませんでした。当然、翌日は寝不足で辛かったです。いくら面白いネタでも夜中の電話は美容に良くないですね。気の効かない男だなぁ、まったく。
 
本人訴訟を始めてから知ったのですが、裁判の証拠は「紙」で、それぞれに番号がつきます。紙だから「書証」と言うのでしょうか。第1号証、第2号証と続いて行きます。訴えた方が出す証拠は甲がついて、甲第1号証。訴えられた方の証拠には乙がつきます。この裁判では、私達が提出した古門弁護士からの内容証明郵便は、20枚目になりましたから、甲第20号証となりました。それで私たちに「お宝20号」と呼ばれることになった、この古門弁護士からの内容証明は、後に、私たちの間では「20号」と言うだけで噴いてしまう超お笑いネタとなったのです。そのお話は、裁判のクライマックス、証人尋問の所で出しましょう。


 
 さて、そうとわかったら情報収集です。井上君と一緒にいる時に古門弁護士に電話することにしました。古門先生はやっぱりお忙しいらしく、事務所にいない事が多かったので、トライすること数度で、やっとお話できました。
古門先生は、この窃盗事件についてはやっぱり何も知らなかったようで、
「えっ?あの人達、そんな事したんですか!」
と驚いていました。ですが、驚き方がちょっと違いました。ええ~~~っ?まさか!という感じではなくて、あ~、やっちゃったのぉ?というような、「あの人達ならやりかねない」とでも言いたそうなニュアンスだったのです。

それから、またスゴい情報が…!
そもそも、亡くなった東村元男さんの家は、山本さんの土地の上に建っていました。借地ですね。東村元男さんは、ちゃんと借地料を支払っていたのですが、亡くなる数年前から支払われなくなったとのことです。そこで、元男さんが亡くなってから、相続人の和美さんに支払いを求めても無視されたので、土地の明け渡しを求めた所、東村和美さん側(直接やりとりしていたのは西村いちろうさんと和美さんの実母の南村おばぁさん、だったそうです)から明け渡し代として2000万円も請求されたと言うのです。

あら?この非常識な請求って井上君にやられた事と同じですよねぇ?自分たちがやった事を、井上君にやられて怒るなんて…?

しかも、明け渡し代を請求した時に、昭和A棟の土地の分を含めて2000万円くれ、と言って来たのだそうです。昭和A棟の土地も山本さんの土地なのですが、山本さんはお父様から土地を相続しました。お父様は、昭和A棟を含めて、自宅の周辺に多くの土地を持っていた大地主さんだったのです。しかも税理士さんでした。山本典史さん自身は、お父様が亡くなるまでは都内で仕事をしていて、お父様が急に亡くなり、実家に戻って後を継いだので、実家の周辺の事情はよくわかっていなかったそうです。


地主さん宅、大家さん宅、昭和A棟の位置関係


そして、お父様から昭和A棟の土地を賃貸したという話は聞いていなかったとのこと。そこで、お年寄りたちから「昭和A棟の土地も含めて」東村元男さん宅の土地の「明け渡し代」を2000万円請求されたのですが、昭和A棟の持ち主が誰だかわからなくて古門先生に頼んで調べてもらったのですけど、弁護士の古門先生が調べてもやっぱりわからなかったそうです。
東村元男さんとは昭和A棟の土地についての賃貸借契約書などなかったので、昭和A棟の土地に関しては、元男さんの相続人の東村和美さんと話し合う理由がない。それで山本さんも困っていたのですね。
さらには、東村元男さんが昭和A棟を賃貸していた事も、ご存知ではなかったそうです。お父様が亡くなった頃は、すでに井上君が異動になっていたので、昭和A棟が空き家だと思っていたそうです。山本さんは、昭和A棟が賃貸されていた事も、井上君と話して、初めて知ったのです。

 とにかくこれで「東村和美」さんが所有者だなんていう南村おばぁさんのウソが証明されました。おばぁさんが「本当の所有者」と言った謎田黙男さん、という名前は古門先生も初めて聞いたそうですが、住所も電話番号もわかりません。

 それにしても古門先生は弁護士なのに、こんな平民に対して、とても丁寧に話をしてくださって、なんて人間ができているんだろうと、ちょっと感動しました。紳士って、こういう人を言うのでしょうね。
 
ともあれ、またしてもお年寄りたちが警察にウソをついた事が証明された訳ですが、私たちはもう、M署に報告はしませんでした。どうせ相手にされないのは目に見えていますし、いい加減な仕事をしていれば、いずれは何処かで大きなミスをするものです。S司法巡査のお仕置きは神様にお任せしましょう。昇進ナシ、巡査止まりでお願いしますね、神様w
 
 
 一方、お年寄りたちは「加害者不詳」だ、自分達は安泰だと安心しきっていた事でしょう。それに南村おばぁさんが「法的措置を取ります!」と脅しておいたから、井上君がビビッちゃって、おとなしく黙るだろうと信じていた事でしょうね。(泥棒した方が法的にどういう措置が取れるのか想像もできませんけどね)まさか、我々が裁判の準備をしているなど想像もしていなかったはずです。
 
私達は、古門弁護士からの思わぬ情報から、大体お年寄りたちの行動パターンは読めました。井上君いわく「とにかく後先考えず、その場しのぎで勝手に口からウソが出てくる」。ウンウン。それから民度。M署で井上君を寄ってたかって罵倒した事や、西村いちろうさんが井上君のお母さんに投げつけた酷い中傷の数々。それから、井上君と私が南村おばぁさんと「話し合い」で解決しようと話をした時の偉そうな態度から、親戚一同、揃いも揃って、何があっても他人に「謝る」とか「折れる」と言う事ができない、そして穏やかに「話し合う」という習慣もない、つまり理屈抜きに「我」を通さずにはいられない人たちなのでしょう。
そして、なりふり構わない強欲さ!借地料を払わないのに「明け渡し代」を請求するなんて、しかも2000万円も請求するなんて、異常としか言えません。これはもう性格というより、この「一族」の習性かも知れません。
 
敵を知り己を知らば百戦危うからず、です。古門弁護士からの情報のお陰で、基本の「敵を知る」事ができました。

そして、裁判となるともうM署のように口から出任せは通用しませんよね。ご老人たち、今度こそ本当に弁護士を雇わなければならなくなってしまいます。そうなると敵はその弁護士。
…ではありません。ご老人たちが弁護士を雇ったとしても、実はその弁護士は私達にとっては「敵」ではないのです。むしろ、どんどんご老人たちからお金をムシり取ってくれる、ありがたい存在です。ご老人たちがお金に困っていなかったとしても、地主さんと土地の明け渡しでモメるくらいですから、ムチャクチャ欲の皮がつっぱった方々のはずです。雇った弁護士にさえ、1円も払いたくないでしょうね。つまり、相手方弁護士は私達の「隠れ」味方ですね。
 
裁判の当事者である井上君は、プレイヤーです。お金が欲しくてやる裁判ではないし、窃盗事件の被害者ですから「負け」はないでしょう。ただ単に判決で、相手が払う金額が「10万円」になるか「1万円」になるか、という問題でしょうし、目的は「窃盗した事を認めさせること」ですから10円でもいいのです。
現場検証の時、私がガッツリと、S司法巡査と、南村おばぁさんと井上君が写った写真を撮っておきましたから、ご老人たちは、被害届で「加害者不詳」となっているからと言って「そんな事件はなかった」とは言えませんしね。


問題はただひとつ。井上君も私も、裁判なんて経験していない事です。親族も友人も裁判をした事のある者は一人もいません。だから何をどうしていいかさっぱりわからないのです。こんなド素人が本人訴訟をやろうというのですから、法曹界の方や法学部卒の方々から見れば「真性のアフォ」でしょうねw

でも、結果的にはできちゃったのです。「バカの一念岩をも通す」って本当なんですねぇ。

それでは、次回から「バカの一念」が通ってきた、素人本人訴訟の獣道をご案内いたします。
 

目次

1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)
1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)
3現場検証したら(Ⅰ)
3現場検証したら(Ⅱ)
3現場検証したら(Ⅲ)
4仕事しろよ(Ⅰ)
4仕事しろよ(Ⅱ)
5本もない(Ⅰ)
5本もない(Ⅱ)
5本もない(Ⅲ)
5本もない(Ⅳ)