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絵本の中は危険がいっぱい!『のび太シンデレラ』他/複数回登場ひみつ道具⑧

「いいネタは何度も使い回す」が藤子作品の特徴である。一度で描き切れなかったネタはもう一回使ってみる、が表現としては適切かもしれない。

ともかくも、一度使ったネタでも、まだ別の表現の可能性があるものは、もう一回挑戦するのは藤子流なのである。


ドラえもんに登場するひみつ道具は、一部の定番道具を除けば、一度きりしか使われないパターンが多い。しかし例外的に、同じ道具をしばらく経った後に別の切り口で使用することがある。

そういう道具を集めて記事にしてきたが、「流行性ネコシャクシビールス」や「コエカタマリン」などが代表的な例であろう。


今回取り上げるのは「絵本入りこみぐつ」という道具で、名称そのままに絵本の中に入り込むことができる靴である。

絵本の世界を3Dとして体感できる夢のある道具ではあるが、問題としては入り込んだ絵本の世界において、登場人物たちに干渉し、物語を変えてしまう力があることだろう。

しかも絵本で描かれるお話はハッピーエンドとも限らないし、危険が及ぶこともあり得るし、何よりも絵本の中で入りこみくつが脱げてしまうと、元の世界に戻れなくなるというトラップもついている。

夢見がちな子供たちが気軽に使うには、少々危ないひみつ道具なのである。


『しあわせな人魚姫』
「小学二年生」1979年8月号/大全集11巻

まずは「絵本入りこみくつ」の初登場回から。本作では「人魚姫」の絵本に入りこむ。人魚姫の物語は、藤子作品の中でたびたびモチーフに使われるが、ラストの悲哀が印象的なお話である。

野比家に遊びに来たベソ子ちゃん。のび太はすぐ泣く子で困るという理由で家から逃げ出してしまう。代わりにドラえもんがベソ子の持ってきた絵本「人魚姫」の朗読役を買って出ることに。


人魚姫が命を救った王子のことを好きになり、魔女から声と引き換えに足を貰って人間となる。ところが好きだった王子は隣国の王女と結婚してしまい、悲恋に絶望した人魚姫は海に飛び込んでしまう。

人魚姫の切なさ、無念さが胸に迫るお話なわけだが、ベソ子はこの話を聞いて、「可哀想だ」と言って大泣きしてしまう。しかもドラえもんがベソ子を泣かしたと濡れ衣を着せられてしまい、「僕のせいじゃないのに」と怒る。

この悲しい絵本がいけないと思ったドラえもんは、「絵本入りこみぐつ」を取り出して、「人魚姫」の絵本の中へと入りこむことにする。そして物語に干渉して、悲恋をハッピーエンドに変えてしまおうと画策していく。


まずは足が欲しいと人魚姫が魔女にお願いするシーン。足の代わりに声を貰うと言い出した魔女に食ってかかるドラえもん。

「足ぐらいただでやればいいのに。かわいそうに。情け知らず。けちんぼ」

かなり酷い言いようで、魔女も泣き出してしまって、「やりゃいいんだろ」と無料で足が生える薬を差し出す。

そして、念願かなって人魚姫が薬を飲んで足をゲットする。この場面で、ドラえもんがひと言、

「おいしい? ぼくが飲んだら足が長くなるかしら」

などと惚けたことを述べている。本作のドラちゃんは、初期ドラを彷彿とさせる破天荒な性格となっているようだ。


この後、人間となった人魚姫。しかし彼女が恋焦がれた王子は自分の命が救われたことも知らぬまま、隣の国の姫と婚約してしまう。自分が王子を助けたと口に出せない人魚姫に代わって、ドラえもんがここで壮大なお節介。

王子に対して、「恩知らず、浮気者」と罵倒して、人魚姫の事情を全て説明する。これによって、王子は人魚姫の愛を知り、二人は結ばれる。見事に誤解が解けたハッピーエンドとなったのである。「これでいいのだ」と満足そうに絵本から脱出するドラえもん。

元の世界では、ベソ子がのび太に「人魚姫」を読んでもらうことになる。のび太は事前に「これはお話だから泣くんじゃないよ」と釘を刺してから読みだす。

すると、その絵本はドラえもんが介入後ハッピーエンドとなったもの。ベソ子は「お話がちがう、わ~ん」と大泣きしてしまうのであった。

時に「人魚姫」を翻案したディズニーアニメの「リトル・マーメイド」だが、人魚姫・アリエルは、地上世界の王子と最終的に結ばれて終わる。絵本入りこみぐつ不要のハッピーエンディングとなっているのだが、それで良いのか、はなはだ疑問に思うのは僕だけだろうか??


『のび太シンデレラ』(初出:絵本入りこみグツ)
「小学二年生」1981年8月号/大全集13巻

続けてそのちょうど二年後に発表された『のび太シンデレラ』において、絵本入りこみグツが再登場を果たす。今回は、のび太が初めて絵本に入ることになった点が目新しい。そして本作では「浦島太郎」と「シンデレラ」の2作が舞台となる。

ママの手伝いで庭の倉庫を片付けていると、幼稚園の頃読んだ絵本が何冊か出てくる。のび太は「浦島太郎」の絵本を手に取り、しょんぼりする。ラストでもともと住んでいた時代から300年後の世界に送られた浦島太郎が、追い打ちを駆けられるようにおじいさんになってしまうわけだが、その後が気になって仕方がないというのだ。

そしてベソ子のように「かわいそう」と言って泣き出すのび太。そこでドラえもんは続きが気になるなら見に行くかと、「絵本入りこみぐつ」を用意する。


おじいさんとなった浦島太郎が、世界を絶望して入水自殺を図ろうとしているところを呼び止める二人。「タイムふろしき」で若返らせた後、「タイムベルト」で300年前へと戻してあげる。見事なまでの後日談を作り上げて、スッキリするのび太であった。

なお、「浦島太郎」の物語は、本作に限らず「ドラえもん」などの藤子作品でしばしば使われるモチーフ。代表的な所では『竜宮城の八日間』(1980年)がある。記事にしてあるので、興味ある方は、是非。


さて、お話はここからが本番。ママの手伝いに戻るドラえもんを横目に、のび太はもっと絵本の中で遊びたいと言って、単身「シンデレラ」の世界に飛び込む。

ちょうどシンデレラが12時の鐘を聞きながら急ぎ城から逃げ出す場面となる。シンデレラの靴が一足脱げてしまうのを見て、のび太は「あれが有名なガラスのくつ」と言って走り出すのだが、滑って転んでガラスの靴を割ってしまう

のび太はその場から逃げ出すが、ここで「絵本入りこみぐつ」が片方脱げてしまう。ガラスのくつを壊してお話を台無しにしたばかりか、靴が無くなって絵本を出ることもできなくなるのび太。


一方、シンデレラを追っていた王子は、階段に残されていた絵本入りこみぐつを手にして、これを履いていた人と結婚すると言い出す。国中を隈なく探すが、当然ながらどの女性も履きこなすことができない。

困った従者たちは「持ち主は名乗り出てください」と叫ぶのだが、そこでのび太が「返してよお」と走り込む。・・・結果、のび太はシンデレラとして、王子と結婚式を挙げることになってしまうのであった。


ぐっちゃぐちゃの終焉を迎えるお話ではあるが、「絵本入りこみぐつ」と、「ガラスの靴」を絡めたアイディアがお見事で、『しあわせな人魚姫』で一度使ったネタの再利用としては、抜群の仕上がりではないかと思う。


「絵本入りこみぐつ」を使えば、極端な話、絵本の数だけ物語を作ることができる。二作の短編で使われたが、ここでは「人魚姫」「シンデレラ」「浦島太郎」の3作しか入りこんでいない。つまり、まだまだ描ける世界は無数残っていると言える。

そういうこともあってか、大長編ドラえもんの『のび太のドラビアンナイト』(1990~91年)において、「絵本入りこみぐつ」が物語のキーとなるアイテムとして再登場を果たす。

本作は絵本の世界が現実と交錯する壮大な物語で、かつしずちゃんが奴隷になってしまうという衝撃的な展開でもおなじみの一本。こちらは遠くない将来、記事にできたらと考えている。




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