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結局流行なんてものは『王かんコレクション』/複数回登場ひみつ道具⑦

「どこでもドア」「通りぬけフープ」のような超メジャーでもないけれど、一回限りしか使われなかったマイナーでもない。知る人ぞ知る、そういえば何回か登場しているな、というあたりのひみつ道具にスポットを当てる本企画。

「複数回登場ひみつ道具」シリーズの第7弾。本稿は前回に引き続き、「流行性ネコシャクシビールス」という道具に着目していく。

この道具は流行を勝手に作り出して町中に広めることのできるビールス(ウィルス)で、時限的ではあるものの、一定範囲の住民はすべからく流行に乗ってしまうという感染力の強さを誇る。

前回ではファッションの流行をのび太たちが勝手に操作して、時にはしずちゃんを超ミニスカ姿にさせたり、道行く人にボロ服を流行らせたりした。


この道具は、「もしもボックス」にも繋がるような「もしも○○だったら・・・」という藤子先生お得意のパラレルワールドを作り出す機能があるため、使い勝手良く今回二度目の登場となったのではないかと予測する。


『王かんコレクション』(初出:のび太コレクション)
「小学六年生」1975年10月号/大全集3巻

「流行性ネコシャクシビールス」が登場するのは、前回から10ヶ月後という早さで二度目となる。前回のテーマは「ファッションの流行」だったが、今回藤子先生が選んだのは「コレクションの流行」

ファッションとコレクションを二つ並べてみると、いくつかの共通点が見えてくる。例えば、①流行の移り変わりが激しいこと②付加価値が上乗せされる傾向があること③流行の参加者が多いこと、などがパッと浮かぶ。

ファッションの世界は移り変わりが激しく、極端なことを言えば、昨年流行した服が今年は着られなるくらいの振れ幅がある。また服には着物という機能的な側面があるので、流行についてはある種の付加価値みたいなものだ。そしてファッションに気を遣う人は世界に腐るほどいる。

コレクションの世界も、コレクションの価値はすぐに移り変わるし、欲しい人(=コレクター)の考え方次第で値段も変動する。物の値段よりも高値で取引されることもあり、コレクションの世界は付加価値の見極めが重要だ。

藤子先生が、「流行性ネコシャクシビールス」というひみつ道具を思いつき、これを短期間で二回登場させたわけだが、流行の移ろいやすい「ファッション」「コレクション」をテーマに取り上げたのは、この二つの世界が近接しているものだったからなのかもしれない。


さて、だいぶ前置きが長くなってしまったので、ストーリーの方は簡潔に。

本作も始まり方はスネ夫の自慢から。今回はご自慢の切手コレクションをのび太、しずちゃん、ジャイアンに見せびらかす。そしていつものように財力にものを言わせて、1万8000円もしたという「月に雁」という珍しい切手を自慢する。

「月に雁」は1949年に発行された歌川広重の図案を採用した切手のこと。「見返り美人」と並んで日本で最も大きい切手としても有名で、非常に高値で取引されたことで知られている。

ちなみに骨川家ではパパが骨董品、ママが宝石のコレクションをしているとのこと。

スネ夫に対抗する形で、しずちゃんはシールのコレクション、ジャイアンもコインのコレクションを自慢してくる。そして今回ものび太はコレクション合戦から仲間外れとなってしまう。


自慢できないコレクションがないということで肩身を狭くするのび太。そこでドラえもんは「のび太にも立派なコレクションがあるではないか」と言って、押し入れの中にしまい込んであった王冠のコレクションを引っ張り出す。

「からかっているのか」と怒るのび太に、ドラえもんはとうとうと語る。

「そもそも物の値打ちって何だろう。結局欲しがるかどうかで決まるんじゃないか。そもそも切手や宝石だって、誰も欲しがらなければ、ただの紙切れや石ころにすぎない」

のび太は何のことかさっぱりだが、ここではドラえもんは流行の本質を突く鋭い意見を述べている。

コレクションの価値はコレクターたちが決めるもの。例えば、切手は郵便物を運ぶための金券だが、その額面以上の価値に高めるのは、切手をコレクションとして取引するコレクターたちの気持ち次第なのだ。


ドラえもんはちょっとしたいたずらをしようということで、「流行性ネコシャクシビールス」を取り出して、王冠のコレクションが流行ると言い聞かせて繁殖させ、ウィルスを風に乗せてばら撒く。

このことを知らないのび太は、人にコレクションの自慢されなくない・・と憂鬱な気持ちで外へ出ると、いつの間にか町中が王冠のコレクションで湧いている。

ジャイアンが3個、しずちゃんも5個、そしてスネ夫が一ダース揃えたと盛り上がる。特にスネ夫は印刷がずれている王冠を示して、これは値打ちものだと自慢する。

どうして王冠なんか・・・と思うのび太に、スネ夫は「切手やコインなんて時代遅れさ」と嘯く。ついさっきまで「月に雁」をうやうやしく見せびらかせていた人間とは思えない変わり身である。

ジャイアンもしずちゃんも、王冠の素晴らしさを強く語る。このあたりの変化から、流行なんてものが、いかに浮き足だっているものなのかがよくわかるというものである。


切手やコインだったら手も足も出なかったのび太だが、王冠コレクションであれば、在庫は豊富だ。膨大な数のコレクションを披露すると、スネ夫たちはギャフンとなってしまい、彼らの闘志に火を点ける。

しずちゃんはママにおやつもご飯もコーラにしてちょうだいと「一生のお願い」をするし、ジャイアンは無理やりにコーラやサイダーの瓶を開けて飲み干していく。スネ夫もパパにビールをジャンジャンと開けていく。

調子に乗ったのび太たちは、王冠自慢をしている子供たちに、「数ばかり集めても意味がない、少ししかないものが値打ちが高い」などと煽って、「三河屋で8月12日に買ったコラコーラ」の王冠を示す。

この日に三河屋で売れたコーラはこれ一本なので、100万出しても手に入らない代物だ、という強引な自慢である。


しかしこの自慢が風の噂となって広まったようで、やがて重鎮っぽい王冠コレクターがのび太を訪ねてきて、さっきのコーラの王冠を200万で譲ってほしいと言う。いわばただのゴミがとてつもない価値を生み出してしまったのである。

が、取引成立と思いきや、ここでビールスの感染は終了。何でこんなもの欲しがったんだろうと、元コレクターの男性はポイと王冠を投げ捨てて、去って行くのであった。

最後まで皮肉の効いた名作なのである。



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