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チンプイ世界の航時法『危険!!タイムトラベル』/藤子Fの大恐竜博⑨

この藤子Fノートでは繰り返し書いているが、藤子F先生は気に入ったテーマを何度も何度も繰り返し取り上げる作家である。

興味の幅があまりに広いので、それほど繰り返しの作家というイメージはないのだが、実際はとことん自分の関心興味を突き詰めるタイプであるように思う。

では、最も藤子先生が好きだったテーマは何だったのだろうか。色々な見解、考え方があるだろうが、僕としては、単純に作品に落とし込んでいる数が多いものが、興味関心の強いものであったと考えている。

そうした視点で作品全体を見ていくと、真っ先に目につくのは「恐竜」であろう。初期の短編から「大長編ドラえもん」まで、多種多様な作品の中で何かと恐竜が登場し、大暴れする。

恐竜の姿や動きを藤子先生は空想で描くようなことはなく、きちっとした最新研究に基づいた風貌や行動パターンを忠実に捉えている。後年、恐竜に特化した解説本を出してしまうほどに、恐竜研究については余念が無かったのである。

ちなみによく使われるモチーフの次点は「タイムマシン」だが、実は恐竜とタイムマシンは同時に描かれることが非常に多い。むしろ、藤子先生にとって、タイムマシンは恐竜に会うための道具という位置づけとなっており、タイムマシン=恐竜という等式が頭の中で成り立っているようだ。


さて、以前(もう二年以上前)に「恐竜」をテーマとした藤子作品をシリーズで取り上げたことがある。「藤子Fの大恐竜博」と題して、「ドラえもん」を始めとする、恐竜が主人公となるようなお話を8本選んで紹介した。

まだまだこの他にも「恐竜もの」は残されていたのだが、8本書いたところで、記事の差別化ができなくなってしまい、一度一区切りをしている。

最近、改めて藤子先生の得意テーマを検証した際に、「恐竜」と「タイムマシン」という二大テーマを掛け合わせた重要な作品を取り上げていないことに気が付いたので、本稿ではこちらをフォローしたい。

それは、藤子先生最後の大型連載となった「チンプイ」の『危険!!タイムトラベル』というお話である。タイトルからして、面白さが保証されたような作品である。

ちなみに、これまで書いた恐竜作品の記事をいくつかリンクを貼っておくので、ご興味ある方はこちらもご覧ください。



「チンプイ」『危険!!タイムトラベル』
「藤子不二雄ランド」「まんが道」22巻/1986年3月28日号

まず初めに「チンプイ」など知らんという方のために、概要をまとめた記事があるので、ご紹介しておきます。


本作の主人公は小学生の女の子エリちゃん。突然マール星の王子(殿下)に見初められて、求婚されるのだが、当然訳の分からない星に嫁ぎたくはないと拒否。そこで殿下の付き人であるワンダユウが、エリを心変わりさせるため、お目付け役としてチンプイを派遣することにする。

チンプイはマール星の科学力を背景にした「科法」を使い、おっちょこちょいのエリちゃんを助けることで、二人の関係は親しいものになっていく。

そんなエリちゃんには、好きな男の子がいて、それが頭脳明晰な内木君である。運動神経には難があるが、正義感の強い好青年で、エリちゃんが好きになるのも納得の少年だ。


本作ではそんな内木君が、チンプイにお願いがあるということでエリの家へとやってくる。それはタイムトラベル(時間旅行)に連れてって欲しいというお願いであった。

ところがチンプイは珍しく激昂して「とんでもない、気安く言うな」と声を荒らげる。そして、ものすごく危険である、「航時法」などの細かい規則がある、手続きに半年かかると、駄目な理由を上げていく。

それでも食い下がる内木に、「タイムマシンのレンタル料3830万ボルが払えるのか」と突き放すチンプイ。どうやら、最大の懸念点はお金であったのだ。

さすがにお金のことを持ち出されては何も言えなくなってしまう内木。トボトボと引き下がっていく内木に、エリが「なぜ時間旅行に行きたいか」と尋ねると、「小さい頃からの夢で、生きて動く恐竜が見たい」のだという。

内木のこの発言は、もちろん藤子F先生の小さい頃からの夢を代弁するものである。内木の夢に託して、図鑑や特撮映画ではなく、この目で実物を見たいという作者の思いを吐露しているのである。


現実世界では「タイムマシン」もないし、本物の恐竜を見ることは叶わない。けれど、物語の中ではそれは可能となる。藤子先生は、まるで自分の夢を実現させるかのように、内木君をこの後恐竜時代へと送り込んであげるのだ。

内木の願いを知ったエリは、チンプイに「3830万ボルが日本円に換算するといくらか」と尋ねる。すると1500円程度であるという。チンプイは、殿下のライバルである内木の願いを叶える訳にはいかないと考えて、誤魔化していたのである。

エリは、自分が時間旅行をしたいと言い出して、チンプイを説得。半年かかるという申請もタイムマシンを使って結局すぐに出発できることになる。


先ほど「航時法」という言葉が出てきたが、これは藤子世界共通の時を越えた法律で、「時間旅行者は過去の世界に一切の影響を及ばしてはならない」という風に定義される。

この架空の法律は「ドラえもん」や「T・Pぼん」などにも登場するが、微妙に行動制限の厳しさが異なる

同じ「タイムマシン」ものでも、過去を改変すると未来がどのような影響を受けるかという点を、厳しく見るか緩く考えるかで、設定が大きく変わってくるからである。

「ドラえもん」などを見ていると、過去に行っても普通に行動しているパターンが多いわけだが、意外にも「チンプイ」世界ではかなり厳格なルールが敷かれている。


まず出発にあたり、「昔の世界からは木の葉一枚水一滴持ってきちゃいけない」、逆に「水一滴も置いてきてはいけない」とチンプイは注意する。なのでお弁当と水筒の用意は必須、おしっこもダメなので事前にトイレを済ませておかねばならない。

また、陸地に降りる時でも、虫一匹殺すだけで未来が大きく変わる可能性があるということで、靴底に「重力場クッション」を張って、地面から少しだけ浮き上がるようにしなくてはならない。

そういえば、ドラえもんも数ミリ宙に浮いている設定なので、過去の世界に行くことが想定されたロボットだったのかもしれない(?)。


エリたちが向かったのは、内木の希望するジュラ紀の終わりごろ。彼はウルトラサウルスが見たいのだという。そこで、チンプイは1億4000万年前の北アメリカ大陸コロラド西部へとタイムマシンを飛ばす。

ちなみにウルトラサウルスは、1979年にコロラド西部で発見された、当時史上最大の大きさを持つとされた恐竜である。この後、マンガの中で登場し、内木が大興奮して、「地球生物30億年の歴史を通じて最大の陸生動物」だと解説する。

ところが、この時発見された骨が、別の恐竜のものであることが判明し、何とウルトラサウルスの存在はないものとされてしまうのである。それは藤子先生がお亡くなりになった1996年頃に発覚したもので、先生はそのことを知らぬままだったかもしれない。


子供の頃から夢見た恐竜世界に降り立ち、内木君は大興奮。ステゴサウルスを見て飛び上がり、写真を撮りまくる。オルニトレステスを見てすぐにわかることから、相当な恐竜マニアであることが判る。

アロサウルスにエリが襲われそうになったり、お弁当を食べたり、湖のほとりで発見したウルトラサウルスの群れに大興奮するなどして、恐竜世界を堪能する内木たち。


しばらくして、チンプイが「そろそろ引き揚げよう、けっこう危険な世界だから」と声を掛ける。危険という割に大したことなかった・・とエリたちが考えていると、なんと自分たちが乗ってきたタイムマシンが巨大恐竜に踏み潰されてしまっている

「帰れなくなったあ」と抱きついて泣き出すエリと内木だったが、チンプイは「つまんないことで騒いでいる場合か!!」とまたしても声を荒らげる。帰れなくなるのは大した話だが、チンプイにとっての大問題は、タイムマシンを弁償しなくてはならないという、お金のことであった。

タイムマシンのレンタル料は1500円程度だったが、賠償となると二人で割り勘しても、小遣い半年分くらいになるという。まあそれでも、5万もしない金額だろうから、お安いものだと思うが・・。

そこへ「事故ですか」とアロサウルスが話しかけてくる。この恐竜は「全宇宙交時公社地球支局ジュラ紀担当のサービス員」の乗り物であった。彼にタイムタクシーを呼んでもらって帰還となる。チンプイは係員がいることを知っていたので、タイムマシンが壊れても慌てなかったのである。


さて、現代に戻った後は、タイムマシン弁償のため、エリはママに小遣い半年分前借りをお願いしなくてはならない。気が重くなるエリに、「だから言ったろ、時間旅行は危険だって」とチンプイは呟くのであった。


タイムトラベルが何かと危険、というお話だったが、本作で描きたかったことは、明らかに地球最大の生物であるウルトラサウルスの風貌と生態である。

内木君の興奮は、そのまま藤子先生の興奮と重なるもので、藤子先生の大の恐竜好きが理解できるというものだろう。

そういうことで、返す返すウルトラサウルスが本当はいなかったという事実だけは、残念にならないのである。




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