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藤子・F・不二雄最後の大型連載「チンプイ」大解説

1980年代の藤子不二雄ブームの真っ盛りに、中央公論社から藤子ファンを揺るがす企画が発表された。それが、「藤子不二雄ランド」である。それまで描かれた藤子先生の膨大な過去作をまとめた全集を発売するというのである。

その発刊方法がユニークで、毎週金曜日に「週刊誌」のように発売する形式であった。これによって、低価格で子どもの手にも取りやすいようにしつつ、長い期間かけて無理なく全集が揃えることができる。今の分冊マガジンの走りみたいなものだろうか。

藤子不二雄ランドの売りはいくつかあったが、まず一つはこれまで単行本に未収録の作品も積極的に採り入れる編集方針。もう一つがセル画がついていること。そしてもう一つが巻末に新作マンガがついてくるということだった。

1984年6月、「海の王子」で始まった藤子不二雄ランドでは、まずA先生の「ウルトラB」が新連載となった。これは、A先生お得意の、突然異能力を持つ者が居候していくパターンの作品であった。そして遅れること、一年。「チンプイ」が新連載となったのである。

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なお、この藤子不二雄ランドについては、個人的に思い出深いシリーズであり、その話題はまた稿を改めて語りたい。


「チンプイ」もまた、藤子F先生のお得意のパターンに沿ったお話である。ドジであまり取り柄のない小学生の女の子の家に、科法と呼ばれる、超能力を使うことのできるチンプイが住むことになり・・・という、何度も描かれてきた日常SF(すこし・不思議)に分類できるお話である。

本作については、個人的には、王道というよりはこれまでF先生が描いてきたパターンの自己パロディのような印象を受ける。

パロディだと思う理由としては、まず主人公エリちゃんの設定が、まるでのび太なのである。ドジで面倒くさがりで勉強もスポーツもあまり得意ではない。いつもママにガミガミ言われている等、のび太の女の子版と考えてよい。

そして周囲のキャラクターが、幾度も描かれていたパターンに当てはめて作られている。憧れの男の子内木君は、しずちゃんの男女逆転的なポジション。

スネ夫的立ち位置としては、その名もスネ美という外見もスネ夫そっくりな、嫌味な大金持ち一家の娘というキャラクターが登場する。さすがにジャイアンは女性では表現できないため、内木君をいじめるガキ大将ということで大内山というキャラクターを登場させている。

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チンプイはラーメン好き・ネコ嫌いという、藤子キャラに良くある、好き・嫌いがはっきりしているパターン。特にラーメン好きというのは、小池さんの例を出すまでもなく、藤子マンガの定番中の定番だ。オバQや、のび太、ジャングル黒べえなどみんなラーメンを美味しそうに食べている。

余談だが、ラーメンで特に思い出されるのは、A先生傑作の「まんが道」の松葉のラーメンなのは異論がないところだろう。

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ところが、そうした自己パロディ的な設定・キャラクターのマンガではありつつ、本作ならではのオリジナリティ・アイディアが抜群で、これが代えがたい魅力となっている。その点もきちんと指摘しておきたい。


まず、チンプイの滞在目的だが、エリちゃんをマール星のお妃として迎えるために、説得する役割として近くに置かれている、いわばお目付け役である。

訳の分からない星の王子と結婚したくないエリにとって、そんなチンプイは邪魔な存在となるわけだが、チンプイは本来の目的とは別に、科法を使ってエリちゃんを助けることで、二人の間に友情・依存関係が出来上がっていく。この関係性は、これまでの藤子マンガでも、ありそうでなかったように思われる。

また、チンプイの科法は、ドラえもんの道具的な役割を担うわけだが、実は本作にとって科法自体はそれほど意味がない。「ドラえもん」では、ひみつ道具が非常に大事であったのとは対照的だ。

毎回のようにワンダユウじいさんがやってきて、エリの心をひくための仕掛けを凝らすのだが、それが成功しないというパターンが本筋である。

諜報部員(マジロー氏)を送り込んだり、ファッションデザイナー(デブラ・ムー)を招聘したりとあの手この手を繰りだすが、この時多彩なマール人のキャラクターが登場してくるのが特徴的だ。

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そして本作最大の魅力は、エリがどのような未来を選択をするのかというストーリーが、全編に貫かれている点にある。「シンデレラなんかになりたくない」とは、チンプイがアニメ化した際の主題歌のタイトルだが、シンデレラストーリーを拒絶するエリの気持ちの揺れ動きに目が離せないのである。


もっとも、本作をつぶさに読めば、マール星のルルロフ殿下との子どもが二回も出てきたり、成長したエリ本人が一晩だけマール星から里帰りしてくるエピソードも出てくるので、マール星に嫁ぐのはほぼ間違いない

ただ、恋のライバルとなる内木君の性格が抜群であったり、未来は変えられる、というメッセージが出てくるので、絶対に結論が決まっているとはいえない。そうした宙ぶらりんの魅力が本作を忘れ難いものにしている。


ところで、本作は、藤子先生の病気療養による中断を挟みながらも連載が続き、藤子不二雄ランドの最終巻301号「UTOPIA 最後の世界大戦」巻末にも掲載される。

結果的にこの回が、最終回となってしまったわけだが、そこには気になる一文が加えられていた。それが、あと2本書き下ろして単行本に収録させる、というものである。

これを読んだ僕は、それからチンプイが書き下ろされた単行本がいつ出るのか待ちわびる日々を過ごすことになる。いつの間にか出てしまったのではないかとおもって、書店を探し回ったりもしたのだが、これが見つからない。

今のようにネットで検索できる時代でもなかったので、本当に単行本が出てるのか分からなかったのだ。結果、数年後に、書き下ろすと予告されていた2本は結局書かずじまいだったことを知るのである。


エリちゃんの気持ちがどのように動いて、どのような未来の選択をするのか大いに期待していた「最終回」は描かれず、本作はいわゆる未完の作品となってしまっていたのである。

最終回がないという事実は、当時それなりにショックであったが、今となっては、それはそれで良かったように思える。未来の選択などは、そう簡単に結論を決めつけてはいけないのである。


最後におまけとして、チンプイと他の藤子作品とリンクする小ネタをいくつか紹介しておきたい。

まず、エリのルーツを探る回があるのだが、なんと祖先は日本に中国大陸から初めて移住してきたグループのリーダーであったことがわかる(タイトル:御先祖は日本王?/1985年8月刊行)。

その名はウンバホ。これはその後「ドラえもん のび太の日本誕生」(1988-1989)で出てきた少年ククルの大人になった名前と同じである。本作を描いている時に、ドラえもんの長編のアイディアは既にあったのかもしれない。

次に、他のFキャラが多数登場する回がある。「ヒミツのバードウォッチング」(1990年5月掲載)がそれで、チンプイが自分以外に日本に来ている宇宙人を紹介していく場面がある。

そこでは「ドビンソン漂流記」のドビンソン、「パーマン」のバードマン、「ウメ星デンカ」の一家も出てくるがチンプイとは皇室仲間として旧知のようだ。デンカたちは、いまだに土地が1平方メートルも見つかっていないことが明かされる。「ウメ星デンカ」もまた未完なのである。

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他にも「ライバルかんげいします」(1986年2月掲載)では、ルルロフ殿下のお妃候補だったダルーサという女性キャラが出てくるが、これは「のび太の鉄人兵団」のリルルに外見や空を飛ぶ動きがそっくり。鉄人兵団を描いている時とほぼ同時期の作品のため、タイアップ的に出してきた可能性もある。


「チンプイ」は、ある意味F先生の力の抜けた感じが魅力的な、もっと評価されるべき作品であるようにように思う。是非未読の方は手に取って欲しい。



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