【単行本未収録】ジャイアン超えトラウマ級殺人歌手『ドラえもんの歌』/音痴選手権②
藤子Fワールドにおいて、何かと極端なワーストポイントを持っているキャラクターが数多く登場する。
だいぶ前にはなるが、殺人的に料理が下手なキャラクターをまとめた記事を書いた。
ギャグマンガの形をとる藤子作品では、こうした飛び抜けた個性を持つキャラクターは、よく登場しがちである。
そして、殺人的に歌が下手なキャラクターも、数多く登場している。前回の記事では、オバケのQ太郎が、ド級の音痴で、歌声を聞いた人を病院送りにしてしまうほどだとを紹介した。
本稿では「ドラえもん」の中から、飛び切り歌が下手クソなキャラクターを紹介していくわけだが、何とそれはジャイアンではない。ジャイアンのヤバイ歌声も出てくるのだが、それを超える者が現れる。
それは一体誰なのだろうか・・?
ということで、タイトルでわかってしまうが、「ドラえもん」における最大級の迷惑音痴野郎は、なんとドラえもんご本人である。
もっとも、これにはきちんとした理由があって、ドラえもんが常に音痴だということではない。一回こっきりの音痴エピソードなのである。
本作が発表された1971年の10月はジャイアンが音痴だったエピソードが初めて描かれた月なのだが、なんと二本同時に描かれている。
一本は、既に記事にしている『ショージキデンパ』というエピソードで、ジャイアンが空き地でリサイタルを開き、みんなが我慢して聞くというシーンが描かれた。
ジャイアンが怖くてみんな我慢して聞いているのだが、ラストで観客がショージキデンパを浴びて、悪口大会となってしまい、ジャイアンが酷く傷つく。ただ、我慢して歌を聞いている様子は、その後よく見かける、完全に気を狂わんばかりの感じではない。
そしてこの月にもう一本ジャイアンの歌に関するお話が描かれている。それが今回紹介する『ドラえもんの歌』となる。
この話、てんとう虫コミックには収録されていないマイナー作品なので、それほど注目されていないのだが、ジャイアンの歌声が初めて殺人的であることが明らかとなる記念作でもある。
いつものように、ざっとストーリーを追ってみよう。
冒頭、ジャイアンがのび太を訪ねてくる。のび太は居留守を使うが、ママにバラされてしまう。なぜのび太が逃げようとしているのかと言えば、ジャイアンが独唱会を開くからだという。
この時はジャイアンの歌が酷いことは、読者は知らない。よって読者の肩代わりとして、ドラえもんは「歌くらい聞いておだててやればいい」と軽く考反応している。
ところがのび太は顔色を変える。
既に初登場時から、ジャイアンの狂暴な歌声設定が完成している。
のび太やスネ夫、しずちゃんも集められて、「ボエ~ オエエ~ ギア~」と凄まじい歌声が披露される。しずちゃんの表情などは、完全にイッてしまっている。
我慢を続けていると、ようやくリサイタルは終了。「良かった良かった、終わって良かった」と拍手される。ジャイアンは、皆のお世辞をさも当然の如く聞いて、「俺って歌だけは自信があるんだ」と胸を張る。
スネ夫は「すぐにでも歌手になれるよ」と心にもないおべんちゃらを贈り、結果的にアンコールの曲が始まってしまう。白い目で皆に見られるスネ夫・・。
リサイタルが再開したところに、ドラえもんが「音の消えるマイク」を持ってやってくる。これによって、ジャイアンの歌声は消えて、皆の寿命がこれ以上縮まらずに済んだのだった。
ここでお話が終われば良かったのだが、急展開を迎えることになる。帰り道にドラえもんが「ピクン」と反応し、ユラユラと様子が変になったかと思うと、急に「歌が歌いたくなってきた」と言って立ち止まる。
その歌声は、「ホゲ~」と先ほどのジャイアンを超える迫力で、のび太はひっくり返ってしまう。のび太は「二度と聞かせるな」とドラえもんに告げると、「君はわからない人だ」と怒り出し、どこかへと行ってしまう。
ドラえもんはジャイアンの家に行き、「君なら芸術がわかるだろ」と言って、「ボエ~」と歌いだす。さすがのジャイアンもひっくり返り、「胸が悪くなった、やめろ」と猛抗議。すると、豹変したドラえもんは、ジャイアンに掴みかかって、ボッコボコにしてしまう。
と、狂暴そのもの。
見たことも無いくらいにギタギタにされたジャイアンは「感動した、歌手になれる」とドラ歌を肯定。ドラえもんは「わかる人にはわかるんだなあ」と満足なご様子。
おかしさに拍車の掛かった様子のドラえもんは、しずちゃんとスネ夫にも「ゴガ~」と歌声(?)を聞かせて失神させる。感想を求めてくるドラえもんの様子があまりにおかしいので、スネ夫たちも「感激したなあ」「お上手ね」と無理やりに褒める。
どんどん目つきがヤバくなっていくドラえもん。家に帰り「自信がついた」とのび太に報告するも、のび太は信じない。ドラえもんはのび太を睨みつけて、今夜独唱会を開くと言い出す。
のび太が止めるが、「ガウ」と言ってキレだし、「みんな聞きに来ると言ってた。君は?」と、凄い近い距離でのび太に詰問する。ドラ好きのちびっ子が見たら間違いなくトラウマを抱えてしまう程の怖い表情となっている。
のび太はまるで人が変わったようだと見抜く。ドラえもんは独唱会のために歌の練習を始める。「ボエ~」「ゲボ~」「ボゲゲ~」と歌い込み、その結果、窓ガラスが割れ、物が棚から落ちてくる。かなりの震度の地震のようだ。
夜。当然ドラえもんの独唱会には、みんなも行きたくない。下手をすれば命にかかわる。ところが未来のひみつ道具を配備したドラえもんは、勝手に人を動かすことにできるコントローラーを使って、皆を無理やりに集めていく。
ジャイアン・しずちゃん・スネ夫も会場となる空き地へと引き寄せられていく。「今夜はたっぷりと一晩中歌ってあげるよ」と意気込むドラえもん。このセリフは夜のシルエットで表現されたシーンでのものだが、この時のドラえもんの目つきの異様さは、影だけでわかる。
スネ夫は「お巡りさんでも呼ぼうか」と考えるが、ドラえもんのコントローラーによって、お巡りさんも強制参加させられてしまう。もはや打ち手なしか?
ドラえもんが未来パワーで用意したスポットライトやファンファーレを使って、ドラえもんが観客の前に登場していくる。「皆さまお待ちかねのドラえもんリサイタルを・・」と挨拶すると、どこからか「ナムアミダブツ・・」とお経が聞こえてくる。
のび太はドラえもんの様子が変だったため、タイムマシンで未来に向かっていた。
と、セワシを連れてきたのである。
コンサートが始まった直後、セワシがドラえもんにズバッと光線銃を打ち込んで気絶させる。どうやら死人が出る前に事なきを得たようである。
家に連れて帰り、セワシが修理を施すと、体内からピョンとマツムシが飛び出してくる。道を歩いていた時に、マツムシが口の中に入り、電子頭脳に入り込んでしまったので、変になっていたのである。
ドラえもんはかなりの精密機械で、ネジ一本が外れるだけで壊れそうになったり、定期点検を怠ると調子を崩したりする。
本作ではマツムシ一匹で、殺人的な音痴マシーンになってしまう。精密すぎるドラえもんのリスクを存分に感じさせるエピソードとなっている。
また、トラウマ的な、目がイッているドラえもんの描写は、少々きつく、そのあたりが単行本未収録となってしまった要因かもしれない。連載初期の思考錯誤時代の作品なのだが、本作全編から感じ取れる異様さは、僕は嫌いではないのだが、一般的には、「?」ということなんだろう。
「ドラえもん」のマニアック作も取り上げています。
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