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壮年のび太!『45年後……』/のび太、人生の岐路エピソード9

のび太の誕生から、人生の歩みを追っていく大型シリーズ「のび太、人生の岐路」は、いよいよラストとなる「エピソード9」のお話となる。

・・・と言いつつ、また肝心のエピソード4~6は記事にしていないので、シリーズ完結ではない。

本稿で紹介する『45年後……』は、てんとう虫コミックスの全45巻の収録から漏れており、「ドラえもんプラス」の5巻でピックアップされた作品となっている。

その意味するところは、藤子F先生がご存命時に、本作を単行本へセレクトしなかったということだ。なぜかというのは今となって不明だが、想像できるところもある。その点は、最後で語りたい。

まずは、これまでの歩み記事を載せておくので、宜しければ合わせてお読みください。


『45年後……』
「小学六年生」1985年9月号/大全集13巻

前もって書いておくと、本作は非常に異色な作品である。

タイトル通り、45年後ののび太がタイムマシンで子供時代に戻ってきて、のび太と入れ替わってひと時を過ごすというお話である。45年後というと、本作が「小学六年生」の掲載作品であることを考えると、57歳くらいで、還暦手前の壮年真っただ中というお年頃。

前稿で取り上げた『りっぱなパパになるぞ』は37歳くらいだったから、そこから20年の開きがある。この間を描いたお話は一本も無く、本作より歳を取ったのび太が描かれることもない。

つまり、本作は、「ドラえもん」の中で、ダントツに最高齢ののび太が描かれるエピソードなのである。


壮年のび太の未来での暮らしは、57歳ののび太のセリフの端々から読み取るしかないが、まあまあの情報量が含まれているので、こちらも整理しつつ、読み進めていきたい。


「年に二度か三度の、のび太の大反省の日がやってきた!」

そんなナレーションで始まる本作。何があったかわからないが、将来尊敬される立派な社会人になるべく、今日から生まれ変わったつもりで過ごそうと決意するのび太。

しかしその出ばなをくじくように、ジャイアンとスネ夫に「またいつものあれだ」とバカにされ、意気消沈。「どうせ僕なんか・・・」とへこたれて、いつものようにマンガ読んでおやつ食べて昼寝しようと言って、帰宅する。

ところが、様子が何かおかしい。

部屋の中央にいつも枕にしている座布団が置かれている。読みかけのマンガが本棚から机の上に移動している。台所にママが出しておいてくれたおやつは、既に食べられてしまっている。誰か、のび太を先回りして行動している人物がいる!


のび太は嫌なことがあった時、一人になるために学校の裏山に登る。静かな場所に寝そべって、空ゆく雲をポカーンと眺めていると、心が休まる。のび太が、スタスタと裏山のいつものポジションに向かうと、そこには先に寝そべっている男がいる。

抗議をしようと近づくのび太に、男は「やあ来たな」と声を掛ける。「しっかり勉強してるかい」と尋ねられ、言い淀むと男は、

「そうか、君が勉強しているわけないか。バカなことを聞いた」

と笑う。なかなか失礼なヤツである。


「あんた誰」とのび太が聞くと、男は「45年後の君だよ」と思いもよらぬ答え。のび太は「そんなおジンになるなんて!」とビックリ声を上げる。・・とそこへ、ドラえもんがタケコプターで飛んでくる。

手にしているのは「入れかえロープ」。45年後ののび太は、いつの間にかドラえもんに、小学生ののび太とひと時入れ替わりたいと頼んでいたのである。

「入れかえロープ」は手元になかったとドラえもんが言っているが、実は本作の前後で突然「入れかえロープ」が頻出している。二カ月前に発表した『男女入れかえ物語』ではしずちゃんとのび太が入れ替わり、本作の翌月に発表となる『スネ夫の無敵砲台』では、スネ夫とのび太が入れ替わる。

なぜかこの時期、ちょっとした入れかえロープブームであったのだ。


のび太は、なぜ大人が自分と入れ替わりたいのかよくわからない。45年後ののび太は、その気持ちを語る。

「遠い昔に読んだ本をもう一度読み返したい・・・そんな気持ちかな」

壮年のび太と年齢の近い私は、このセリフに全面的に共感できる。過去に戻って一からやり直したいとは思わないのだが、ほんのひと時、昔の気持ちを思い出してみたいとは思う。

その意味で、過去をもう一回体験したい気持ちを、昔の本に例えたのは、とてもしっくりくるが、小学生ののび太にはあまり響かなかったようである。


とはいえ、入れ替わりには協力するのび太。57歳ののび太は小学生の体を手に入れ、いきなり大はしゃぎ。「懐かしいなあ、何もかも昔のままだ!」と大声を出して走り出す。

と、そんな壮年のび太(体は子供)を見た、今ののび太(体は壮年)が、「気になっていることがある」と言い出す。それは、自分が大人になって社会に出て、ちゃんとやっていけるのか、という疑問である。

のび太は大きくなって、どんな人生を歩むことになるのか。かなり気になるところだが、のび太は「聞くのが怖い」と言って、この話を打ち切ってしまう。読者としては、詳しく聞きたいところだが、のび太にとっては、先々の未来を知りすぎるのも詰まらない。


さてここからは、小学生に戻った壮年のび太の、行動が描かれていく。

①ジャイアンとスネ夫に野球に誘われ参加するも、三振・エラーと今ののび太と代わり映えがしない
→運動神経は悪いまま
②体たらくっぷりにジャイアン・スネ夫が怒り出すが、「アハハ昔の通りだ」と笑ってしまう
→いつまでもその元気を失わず頑張ってくれたまえと励ます
③しずちゃんを見かけて「こんな頃もあったんだなあ」と言って嬉し涙をこぼす
→息子のノビスケも大きく成長して、今日スペースシャトルで月へハネムーンへ行ったと報告する
④宿題もしないでとママに叱られる
→若いなあと感動して、もっと叱ってと飛びつく
⑤パパを大仰にお出迎えし、夕食では「この味、ママの味だ!」と言って舌鼓をうつ。

おそらく、考えていたこと全てをやり遂げた壮年のび太は、大いに満足するのであった。


壮年のび太の言動から、いくつか見えてくることがある。

まず、のび太の息子ノビスケも結婚するということだ。ノビスケ誕生の年ははっきりわからないが、25年後(37歳)ではのび太と同じ歳(約12歳)に見えた。そこから20年後の世界になるので、ノビスケは大体32歳くらいだろうか。

するとここから数年内には孫が生まれる可能性も高く、のび太もおじいちゃんになる日も近いというわけなのである。


次にママを見て「若いなあ」と感慨にふけっているところから、ママがまだご存命ではないかと想像できる。もし死んでいれば、「生きてる」と言って喜びそうなので、単純におばあちゃんになってしまっているのだろう。年齢は80代半ばくらいだろうか。

パパについてはそういう具体的な感想は無かったので、もしかしたらお亡くなりになっている可能性は捨てきれない。


大人に戻った壮年のび太は、「今日のお礼をしたい」とのび太に言う。宿題を広げてあるのを見て、手伝おうかと申し出る。さすがに小学生の宿題はできる大人になっているようだ。

しかし、曲がりなりにもやる気になっていたのび太は、自分でやるといって、壮年のび太の申し出を断る。それを聞いて「さすがは僕だ」と喜ぶ大人ののび太。そして、彼は言う。

「一つだけ教えておこう。君は何度でも躓く。でもそのたびに立ち直る強さも持っているんだよ」

のび太は何度でも立ち直る強さを持つ。・・・確かに、あれほど0点のラッシュでも、ジャイアンにメッタメタにされても、のび太はいつも立ち直っている。

のび太ほど失敗の多い人生も無かろうが、彼はどっこい楽しく生きている。その精神的強さは、大人になっても十分に生かされているということなのだろう。


のび太は、壮年のび太の言葉を聞いて、気分が晴れやかになる。「少し望みが湧いてきた」と机に向かって宿題を始めるのび太。そんなのび太に、ドラえもんは「がんばれ!!」と一声掛けるのであった。


非常に読後感の良い、素晴らしいエピソードである。しかし、冒頭にも書いたように、本作は藤子先生にとっての傑作選である「てんとう虫コミックス」には最後まで収録させなかった。

それは何故だろうか?

二つ理由が考えられる。まず一つ目は、46巻目以降に収録を取っておいたのではないか、ということだ。

藤子先生は、単行本収録にあたっては、かなりの割合で加筆や修正を施している。だいぶ前に書いた作品を、手直してして収録することも多かった。しかし40巻を超えたところから、新作も書かれなくなってきたこともあり、単行本発売のペースがゆっくりになった。

後年は、加筆する余力がなくなり、単行本にしたくてもできなかった作品が多かったのではないかと考えている。本作は最高齢ののび太を描いた作品なので、もう少し後の巻での収録を考えていた可能性があるように思う。


もう一つの理由は、のび太のあまりに先の人生を描いたため、読者の受けがイマイチと判断したから、とも考えられる。

本作では息子ノビスケの結婚が明かされ、間もなくおじいちゃんになることが示唆されている。子供の読者に、大人になった自分を想像させるのは、悪い話ではない。結婚するかなとか、子供ができるかな、と考えるのは楽しいことでもある。

けれど、おジンと呼ばれる年齢になったり、孫ができることを想像させるのは、少し行きすぎのように思える。いや、あまりに先過ぎてうまく想像できないのだ。

ただでさえ、大人になったのび太を描くお話は、子供向けというよりは大人も喜べる話になることが多い。本作はそこに輪をかけて、おじいちゃんが、昔の本をもう一度読むように、少年時代に少しだけ戻る、という展開が描かれる。この気持ちが、どうにも子供には理解されないように思える。


理由ははっきりとはわからないが、随分先ののび太を描いたことで、単行本には未収録となった可能性が高い。

本作では、壮年のび太は、とってもいい表情をしているのが、強く印象に残る。あの表情は、人生を朗らかに過してきたことの証明だ。ノビスケが結婚して、パパが終わろうとしているタイミングになって、のび太は自分の少年時代を思い出したのだろう。

本作を書いた藤子先生は、当時50代に差し掛かったところである。壮年のび太と同じ気持ちになって、本作を描こうと考えたのかも知れない。


ということで、のび太の人生はエピソード1~3と7~9がこれで終了。エピソード4~6では、婚約・結婚と進む一大イベントが残されている。それもまた、少し間を置いてから執筆予定なので、機会あれば読んでいただきたいと思う。


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