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これからが勝負!『りっぱなパパになるぞ』/のび太、人生の岐路エピソード8

子供の頃に夢中になって読んだ「ドラえもん」。当然今読んでも面白いのだが、その中には、大人になって読み返した時に、新しく感銘を受ける作品がある。

僕にとって、本作がそれにあたる。のび太がパパとなった姿が初めて描かれる『りっぱなパパになるぞ』である。

前稿で、のび太が大人になった世界に行って、晴れて結婚相手となったしずちゃんや、暴れん坊の息子ノビスケと交流(?)したお話『のび太のおよめさん』を取り上げたが、ここでは実際に大人になったのび太が姿を見せなかった。

本作はそれから5年後に描かれた作品だが、初めて大人になったのび太、パパになったのび太がどんなことを考えているのかがわかるお話となっている。


『りっぱなパパになるぞ』(初出:のび太のゆくすえ)
「小学六年生」1977年3月号/大全集4巻

本作でまず押さえておきたいのは、「小学六年生」3月号掲載作品であるという点である。ご存じの方も多いと思うが、「小学六年生」3月号は、学年別学習誌の最後の刊であり、そこで描かれる「ドラえもん」はまもなく中学生となる読者に向けた、はなむけの作品となる。

藤子先生は意識的に「小学六年生」3月号では、未来を感じさせる前向きなメッセージを込めた作品を描いており、本作もそうした作品の一つ。ラストののび太の決意が、読者へのエールとなっている点に着目してもらいたい。


まずお話はのび太(子供)の目線から親をみた形で始まる。

酔っ払って帰宅したパパ、寝ていたのび太も起きだして迎えに行くと、「我が子よ、大きくなったなあ」とご機嫌な様子。この機会を捉えて、のび太はお願いがあると切り出す。

「何でも遠慮なく言いなさい」とパパが応えるので、のび太は自分の部屋に一台カラーテレビが欲しいと頼むのだが、パパは酔いが醒めてしまい、「子供が何時まで起きているんだ、この頃成績が落ちてるぞ」と、のび太のお願いをスルーしてしまう。


のび太は自分遅くまで遊んできて勝手だと嘆くが、ドラえもんは「大人ってそんなものさ」と言って慰める。ところがのび太は、自分はそんな大人にならないと納得しない。さらに、

・突然成績のことを持ち出して子供をいじめたりしない
・お酒を飲むお金があれば、子供にテレビを買う
・勉強させずに小遣いはたっぷりやる
・優しく理解力のある父親になる

と、のび太にとって理想のパパ像を語り出す。

それを聞いたドラえもんは「立派過ぎる決心はきっと三日坊主になる」とツッコミを入れる。このツッコミは、ラストでののび太のセリフと連動しているので、是非覚えておいてもらいたい。


のび太はそこで、だったら25年後の世界へ行って、自分がどんなに素晴らしいパパになっているか見てくると思い立ち、一人タイムマシンで未来へと向かっていく。

25年後の世界は、前稿で考察した『のび太のおよめさん』で向かった先と同じ。正確に言えば、前作は「小学五年生」掲載作だったので、本作はその一年後と言えるかもしれない。

いずれにせよ、前回ではのび太は、実際に大人になった自分を見ていないので、それを確かめに行こうというわけなのだ。


果たして25年後。既に一度来ているということで、引っ越した先のマンションも覚えており、迷いなく12階の68号室へと向かう。

部屋の前に着くと、ノビスケがもの凄いスピードで飛び出してくる。ママとなったしずちゃんが後を追いかけ、ノビスケを捕まえる。ノビスケは夜遊びを計画していたようで、しずちゃんがこれを止めたのだ。

ノビスケは「睡眠圧縮剤」を飲めば一時間寝ただけで十時間分寝た効果があると抵抗するが、「お父さんが帰ってきたらうんとしかってもらいますからね」と、ママも譲らない。


のび太はマンションの構造を前に来た時に理解してあったようで、ベランダを通じて窓の外からノビスケの部屋へと近づく。ノビスケはのび太を見て「誰だっ」と驚くが、「親戚みたいなものだ」と答えると、確かに自分と外見がそっくりということで、納得してしまう。

前回ではのび太を宇宙からの侵略者扱いしてバットで滅多打ちにしたが、本作ではそうした乱暴は働かない。あれから一年経ったので、少しは成長したのであろうか?


のび太はノビスケが外出したがっていたことを指摘すると、無重力シアターでプラネッツの深夜コンサートがあるのだと答える。無重力シアターが何なのか、深夜コンサートはオールナイトでコンサートをするイベントなのかなど、このセリフには謎が多い。

のび太は子供に寄り添った良きパパになると決意を固めていたので、ここではノビスケと服を交換して、コンサートに行かせてあげる。子供はかわいいと思うのび太。同時に、こういう優しい親父を持ってノビスケは幸せな奴だと感慨にふける。


しかしここから、のび太が思い描く理想の大人のび太になっていないことが明らかとなっていく。

25年後、37歳くらいののび太が、随分と酔っ払って帰ってくる。「おう、愛しき妻よ」としずちゃんに甘えていて、それを見た子供ののび太は一発目のショックを受ける。

部屋に戻ると、机の上にノビスケの書いた日記が置かれているのを見つける。「親は子供が何を考えているのか知る必要がある」と独り言ちで、日記を拝見。パラパラ読んでみると・・・

・3月9日、パパに「人工衛星組み立てセット」をねだったが断られた。ケチおやじなり。
・3月10日、成績が落ちて叱られた。「パパなんていつも二番だったぞ」と威張ったが、実はビリから二番だったことを僕はちゃんと知ってるなり。

息子の日記を読む限り、大人になったのび太は、子供の要望には応えず、勉強しろと口うるさいことがわかる。パパからされたことと全く同じ対応をしていたのである。これがのび太の二発目のショックとなる。


「大人になるのが嫌になった」と、塞ぎ込むのび太。するとそこへ、酔っ払った大人ののび太が現れる。ややあって、目の前にいるのがノビスケではなく、子供の頃の自分であると気がつく。昔、未来の自分に会ったことを思い出したのだ。

「せっかく来たんだから今夜は大いに飲もう」とのび太の腕を引っ張る酔っ払いののび太。子供ののび太はそこで、「もっと立派な大人になるはずだった、がっかりした」と愚痴る。

大人ののび太は一瞬反省するのだが、すぐに「それは無理というものだ」と言い訳してくる。今の自分を振り返ってみろ、というのである。そして続けて、

「大した努力もしないで、ある日突然偉い人になれると思う? 失敗しては反省し、また失敗して反省し・・・。その繰り返しの毎日さ。治ったのは近眼だけ」

と畳みかける。自分は、足踏み人生なんだというわけなのだ。ちなみに近眼が治ったというのは、何かレーシック的な手術でも施したのだろうか?


のび太は、「いつになったら立派な大人になるのか」問う。「ひょっとして一生今のままかもね」と、またしてもがっかりするような答え。のび太は「来るんじゃなかった」と強く落胆してしまう。

そんな落ち込むのび太を見て、大人ののび太は急に良いことを言い出す。それでも少しずつマシになっているというのだ。そして、

「しずちゃんは素晴らしい女性だ。ノビスケも生意気だけど可愛いやつだ。この二人のためだけでも、僕は頑張ろうと思うんだよ」

と語る。この発言を受けて、のび太は「やる気は無くしてないんだね」と、少しだけ気が晴れやかになる。

さらに大人ののび太は続ける。

「人生は長いんだ。これからが勝負だよ」

こうして、小学六年生ののび太と、37歳ののび太は固く握手をして、互いにエールを贈り合うのであった。


「よおし!頑張るぞ」と気合を入れまくって、タイムマシンで戻るのび太。「だらしない暮らしを止めて、毎日勉強して」と決意を固める。・・・が、しかし、と考え直して・・・。

「毎日頑張り続けるのは大変だから、一日おき・・・いや、二、三日おき・・・、いや、やれる範囲で頑張るぞ!」

と、極めて現実的な決意へと修正する。

これを聞いたドラえもん。「その程度の決心なら守り通せるだろう」と、今度は歓迎の意を示すのであった。


こののび太の最後のセリフ、「やれる範囲で頑張る」というのは、藤子先生の座右の銘的な、心からの本音なのではないかと考えられる。

作中、「立派過ぎる決意は三日坊主で終わる」とドラえもんが指摘しているが、これも藤子先生の経験に照らし合わせた考え方であろう。

「パーマン」でも、記念すべき第一話で須羽みつ夫は、「自分のやれる範囲でパーマンを頑張ろう」と決意する。本作ののび太はまるで同じことを言っている。

身の丈を超えた頑張りは一時しか続かないので、継続できる範囲内で頑張るべきだというわけだ。


本作は小学生生活を終え、中学生へとステージが上がる読者に向けて描かれた作品である。と同時に、本作を描いた藤子先生自身へのエールも込められているようにも思える。

本作を描いた時、藤子先生は43歳だった。本作の、大人になったのび太はおそらく37歳前後で、ほぼ同年代だ。まだ子供は成人していなく、3人目の娘はまだ小さかったはずだ。家庭の境遇も近いものがある。

自分の今と大人ののび太を重ね合わせて、まだまだ人生これからだと発奮させていたのではないかと思う。


僕はこの作品を読んで、自分は立派な大人になれたかなあと思うのと当時に、まだまだ頑張らなきゃなと勇気も貰えた。本作は、大人に向かう子供の読者を勇気づける作品ではあるが、まだまだ色々諦めるには早すぎる大人たちにも、エールを届ける作品であったのだ。


「ドラえもん」の考察、紹介をしています。


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