初恋!『赤いくつの女の子』/のび太、人生の岐路エピソード3
「のび太、人生の岐路」と題して、全9回のシリーズ記事を執筆・準備をしているが、本稿は、ドラえもんが来る前の未就学児童だった頃ののび太を描く3本目の記事となる。
これまで「のび太の生誕」「祖母との別れ」を見てきた。記事は以下。
今回はのび太の切ない初恋をテーマとした作品を紹介する。ドラファンの中ではよく知られた感動作『赤いくつの女の子』である。
さて、『赤いくつの女の子』を読むと、野口雨情作詞の童謡「赤い靴」が頭の中を流れ出す人も多いと思う。改めて歌詞を読んでみると、かなりの分量のアイディアをいただいているように見える。
後から作品を検証していくが、端的に言えば、この歌からの影響を全く隠していない。むしろインスパイアされて書いたマンガと言うことを分かりやすく提示しているものと思われる。
この童謡は1922年に発表されている古典的な歌だが、本作が発表される前年(1973年)に、童謡のモデルとなった赤い靴の女の子は、自分の姉だという女性が名乗り出て、少し話題になっていたようである。
全く確証はないが、妙に印象深い「赤い靴」の歌詞が、実話をベースにしたものだったというニュースを聞いて、藤子先生が本作の着想を得たのではないかと僕は考えている。藤子先生は、流行歌や、その時起こった事件などを藤子先生は、作中に巧みに組み込むことが多いからである。
いつもガラクタの中から、宝は見つかるもの。『おばあちゃんのおもいで』では、クマのぬいぐるみ。『あの日あの時あのダルマ』ではダルマ。そして本作は小さな赤い靴。
ママから部屋の片づけを命じられて、パタパタと動き回るドラえもんに対して、のび太はぽかあんと小さな赤い靴を眺めている。こんなものがどこに仕舞われていたのだろうか。
珍しくおセンチな態度を取るのび太は、この靴には思い出があるのだと明かす。そしてそれは、今思い出しても心が痛むような、苦い思い出の品であるらしい。ドラえもんが誰の靴かと尋ねると、思っていた以上に奥深い話が語られる。
事実を抜粋すると・・
この設定の時点で、童謡「赤い靴」の影響が色濃く出ている。赤い靴を履いていた女の子が、異人さん(=外国人)みたいな外見である点が注目される。
ここから、ノンちゃんとの回想シーンが始まる。ノンちゃんと小さいのび太はおままごとをしている。「パパは会社に行ってくる」とのび太が言うと、「ハイお弁当」と言って、ノンちゃんは自分のおやつであるバナナを渡してくれる。
のび太がバナナを手に家から出ると、小さいスネ夫とジャイアンが絡んでくる。「ままごとしかできないのび太!」とバカにされ、「のび太はノン子が大好きだもんなあ」といじられる。
別に誰と誰が好きだとか、他人からすればどうでもいい話だと思うのだが、子供たちの世界では、それは恥ずかしいことに分類されてしまう。のび太もまた、スネ夫たちの言いがかりに、照れを隠すような反応してしまう。
ノンちゃんが好きだと指摘され、顔を赤らめるのび太。そこで思ってもいないのに、「あんなの大嫌いだ」と言い返してしまう。意地悪なスネ夫たちは、それが本当ならノン子をいじめてみろとけしかける。
のび太は不本意ながら、ままごとに戻るやいなや、テーブルに並べられた「夕食の準備」をガチャガチャと壊してしまう。そして、さらに靴を片方取って、逃げていく。
ノンちゃんは大泣きし、ジャイアンたちは「それでこそ男だ」とのび太を褒める。こんなことがあるから、男の子は乱暴と嫌煙されたり、バカだと言われたりするのである。
回想シーンは、のび太のモノローグ付きでさらに続く。
ノンちゃんは仲の良かったのび太に急に苛められて、どんな気持ちだったのだろうか。そのことを親に言いつけなかったのはなぜなのだろうか。そしてなぜ黙って行ってしまったのだろうか。のび太のことを怒ったままだったのか。もう知らないと愛想をつかしていたのだろうか。
のび太はもうその答えを知る由もない。ノンちゃんは、童謡「赤い靴」のように、アメリカのおじいさんが迎えに来て、横浜の波止場から船に乗ってアメリカに行ってしまったのだという。
回想が終わり、のび太の部屋。
もう小学六年生になったのび太は、今でこそ思う。なぜあんな馬鹿なことをしたのだろうかと。靴を返して、きちんと謝って、そしてちゃんとお別れしたかったと、強い後悔の念がよぎる。
ドラえもんは、そんなのび太に声を掛ける。「じゃ、すぐに謝りに行こう」と。そう、二人には「タイムマシン」があるのだ。
すぐにタイムマシンに乗り込んで、ノンちゃんが引っ越した日へ向かう。懐かしいノンちゃんの家の中では、ノンちゃんがお母さんと会話をしている。お母さんは日本人の顔をしているので、ノンちゃんのパパがアメリカ人だったものと思われる。
ノンちゃんは「のびちゃんにお別れのごあいさつ」がしたいという。けれどこの時、幼いのび太は幼稚園にいる。思わずのび太は、小6の姿で「ノンちゃんごめんね」と部屋へと入っていく。
「お兄ちゃんだあれ」とノンちゃんはキョトンとする。・・・そう、大きくなったのび太だとわかるはずがないのである。ノンちゃんを一目見ることはできても、今ののび太では謝ったりお別れすることはできないのである。
するとそこで、ドラえもんは「タイムふろしき」を使おうと思いつく。裏返して包めば時間が遡りできるということで、のび太を「タイムふろしき」で包んで幼稚園時代ののび太へと若返らせる。
なお、「タイムふろしき」の登場は約4年ぶり二回目。ただし前回では裏返しに包むと時間が先に進むことなっていた。説明だけ聞くと、今回の使い方とは逆だったように思われる。果たしてどちらが正しい用法なのだろうか。
服はダブダブだが、これで小さい頃ののび太となった。そんなのび太を見て今度はノンちゃんから「のびちゃん!」と庭に飛び出してくる。そして、二人だけが見つめ合う、尊い一瞬が訪れる。この一コマは、いつ見ても大好きである。
作中では苛めたことを謝る描写はないが、赤い片方の靴は返し、船の中で食べてとおかしを差し入れする。代わりにノンちゃんは、のび太と繰り返し遊んだ「おままごとの道具」全部をプレゼントする。
ノンちゃんは異人さんのおじいちゃんが迎えに来て、横浜へと車で行ってしまう。パパが迎えに来なかったのは、もう亡くなっているのか、アメリカでの仕事の都合だろうか。この辺りは謎のままである。
ともかくも、長い間の心残りはこれで消えた。貰ったままごとセットは、ノンちゃんだと思って大事にしようと考えるのび太。
・・・が、現代。部屋の片づけをしていたはずなのに、ままごとセットが増えてしまっている。ママはそれを見て、「またガラクタが増えたじゃないの!」と困り果てるが、「ガラクタとは何ですか!」と顔を真っ赤にして反発するのび太なのであった。
繰り返しになるが、本作は童謡「赤い靴」をモチーフとした、のび太の初恋と過ちのお話である。好きな子なのに、同性の目を気にして、逆に苛めてしまい、そのことを後悔し続けているのび太。
幼き頃の切なさと美しさを描いた、かなりの傑作ではないかと思う。
さて、全三回でドラえもんに出会うまでののび太三部作をご紹介した。少し時間を空けて、次なる三部作に取り掛かる。テーマは婚約~結婚である。名作ばかりが登場するので、こちらもどうぞお楽しみに。
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