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2023.11.29 クリスタルの色が変わる現象の本質 – 私論的解説

色の輝度や明度、彩度、透明度といったものも、振動のスペクトル(光スペクトル)で構成されている。もしくは、それら色の波形・波長を、人間の視覚が受信して世界の色彩を感覚・判断している。

とするならば、いわゆる霊障やモノ憑き、邪気など、よくないエネルギーによってクリスタルや数珠などが濁ったり黒く見える・色がどす黒くなっていくという現象に対し、これは観察者の気持ちの問題ではなく、実際にスペクトル(目に見えないレベルの振動)の変容によって物体の色が変化している、ないし人間の視覚を通じて感覚される色彩が変化しているんじゃないか。

要するに、ネガティブなエネルギーのバイブレーション(振動・波長)が、実際に色彩が放っている光スペクトルに変化を与え、より色が濃くなっているのではないか。なぜなら、世界とは人間の目を通して色を認識されているに過ぎないのだから。カラーは、一定ではない。

これが、クリスタルの色が変わるっていう現象の本質じゃないか。


2023.12.1 追記
上記の思索は、意識が世界を規定しているという唯識論の立場を支持するでもなく、物質(現実)と意識は個別に固有に存在しているという実存主義的な立場を支持するわけでもなく、またそのどちらの可能性も捨てているわけでもない状態、つまり探索的なフェーズにある立場から書いたものである。

だから、クリスタルが物質として発している波長の問題として、もしくはそれを受容している人間の問題として、その両面から書いている。(ということを、本記事を読んでくれた友人との議論で再確認できた。)

クリスタルが濁る現象が観察する人によって現れたり現れなかったりするのであれば、世界を構成しているのは個人の意識という唯識論的な立場になるけれど、クリスタルの意識(これがエネルギーと呼ばれたり、振動と呼ばれたり、つまりは今の一般的な人間の五感や能力ではコミュニケーションをとることができない領域のコミュニケーション情報だと理解している)もあるだろうし、その辺りの相互作用の開拓が必要だと思う。

また、クリスタルの色の変化は現れているんだけど、それに気づいていない・認識できていない、という人間側の感度の問題もあると思う。これも包含してヒトの意識問題でもあると思うけど、詰まるところ“相互作用”なのである。そして、その領域の開拓が楽しいと思う。

そしてこれは、一周回って科学の存在論と認識論の問題に帰着していくのではないか。しかし、西洋科学由来の頭脳での存在論・認識論からは一周回った地点にいるわけで、つまりは西洋科学的な思想と哲学に加え、身体知や霊性領域までを射程圏に入れた存在論・認識論の話、だと思う。

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