見出し画像

自堕落な私は昨日を繰り返すために生きる

目覚めると、昨日だった。

どこかで見たことのある超常現象が起こったのだろうと想像したが、昨日もおとといもそのまた前の日も家で引きこもっていたから、昨日だということはテレビニュースの日付でしか私には証明できない。

「栄都子。食べたかったら食べてもいいし、ダメならダメでいいから。ナス、炒めたの好きだったでしょ? うん、置いておくね」
母が私の部屋の前に1食分の夕ご飯を置く。分かりやすい引きこもりの一コマだ。

散らかった部屋。
そこから漏れる木漏れ日が、ハロウィンで着たサンタのコスチュームを照らす。大学2年生のときにサークルのみんなで渋谷に繰り出したときの格好だ。
ちょっと谷間が見える短めの衣装だったせいか、人生初のナンパと人生初のワンナイトラブを経験した。
そのときの男とは二度と会わなかったけれど、ちょっとした武勇伝だったし、その後の女子会のネタには格好のモノになった。

「…………分かった」
ドア越しで母にお礼を言う。おそらく私の声は届いてはいないけれど、母の心には響いているだろうと都合の良い解釈をする。
食事は吐くのも申し訳ないのでそのまま手を付けずに残した。

「おー見えてる、見えてる! すげぇ弾力」

未だにSNSに拡散される切り抜き動画。
ハロウィンでヤバめのユーチューバーの撮影に参加した。
胸の谷間のドアップ動画がデジタルタトゥーになった私が、ガリガリにやせ細った引きこもりをしているのには理由がある。

それはちょうど1年半前、社会人1年目に遡る。

何をしてもうまくいかない自分が悔しくて部屋から出られなくなった。

せっかくもう一度やってきた昨日。
でも今の私に新しい昨日を送る向上心はない。だったら昨日やっているし。

そんなわけで新しい昨日も、昨日と同じように過ごすしかなかった。
翌日、2日前に戻ってもそれは変わらなかった。

2週間前に戻った2週間後も。1年前に遡った1年後も。
肌荒れが治っている。ハリも感じる。どうやら本当に過去へと遡っているらしい。
私の心理状態は1年半前だから、1年前に戻ってもまだウツウツとした気分でいる。本当の1年前は外に出ることもあったのに。

このまま、昔に戻ったら私はエチエチサンタコスで渋谷を練り歩くこともないのだろうか。
SNSには拡散さればかりの私の谷間アップ映像に「いいね!」が押され始めていた。

過去に戻って人生をやり直す。
そんなことリアルな世界では無理なんだろうと思う。

「大丈夫?」
と大学時代の友人だった真奈から連絡が来た。
そういえば1年前までは私を心配してくれていた。
でもあのときは無視していた。
今、返信すれば何かが変わるのだろうか。

でも、真奈ともう話すことはない。私の気持ちなんて分からない。
当時流行っていたスタンプをまじまじと見つめていた。

頭がくらくらした。思い切りカーテンを開けた。
世界、気持ち悪い。やはり気持ちは戻っていない。

こんな生活がいつまで続くのか。小学生? 赤ちゃん?
私、気持ち悪い。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?