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平成レンタルビデオ・メモリー

今日はイヤなことが起きてイヤなことばかりテレビでやっているから、ビデオを借りに行こう。今まで見たことないほどくだらないものでいい。くだらないものがいい。
今日は晴れているけれど、日本のどこかで泣いている人がいると思ったらいてもたってもいられない。だからビデオを借りに行こう。
「ごめん」「すみません」
謝ってばかりいる人がいるのに、こちらは笑っていていいのか。そんなこと、そんな難しいこと考えたくないから、7泊8日のビデオを借りよう。

平成は、そんなふうにレンタルビデオが僕を癒やしてくれた。
ビデオデッキに吸い込まれるため息と埃が、きっと僕を少し優しくしてくれた。
姉ちゃんは心が弱いから泣いてばかりいた。弟が死んだからだ。

20年が経った。今、豊洲の外れのマンションで僕は1人暮らしをしている。
家にビデオはない。テレビもない。ラジオもない。こんな町イヤだ。

今日は久々に姉ちゃんに会った。35歳なのにとんでもなく老けて見える。
結婚破棄をされたんだって。
いつもみたいに泣かずにそう教えてくれた。
姉ちゃんと見たホームアローン2を思い出した。今も思い出し笑いしちゃうんだ。あの少年、今はどうしているんだろうか。知っているけど。

壊れたビデオデッキを拾ってきた。ビデオが泣いている。ガガガと泣いている。「……くそ……!」

だから、僕は、結婚破棄をして夜中に逃げていった男を探すことにした。
僕はそいつに何をするか分からない。何をしでかすか分からない。大丈夫。安心してよ。

もう、時代は令和だ。悲しみを癒やす術がないんだよ――。

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