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かよわきデータで逆転サヨナラ

朝から同じニュースがずっと流れている。

万年2回戦止まりの弱小でも中堅でもないうちの野球部が全国王者に勝った。
春のセンバツ。長髪に白い歯、全力疾走全力プレーが国民から熱い支持と異常ともいえる推しを生み出したあの高校。
当然、この夏も神奈川を制して甲子園に戻ってくると誰もが思っていた矢先の7月中旬。
偏差値だけは少しある学区民しか知らない公立校が逆転サヨナラで勝ったのだ。
登校途中、コンビニやキオスクに並べられているスポーツ新聞も俺たちの勝利を――もとい、爽やかお坊ちゃま高校のまさかの敗北を一面で扱っていた。パッと見ではうちの高校の名前は目につかなかった。

勝利の要因はデータ班になりたいと言ってきた清田加奈子の存在だろう。
隣のクラスにいる成績学年トップの女子だ。

くりくりとした目はかわいいが、お世辞にもイマドキとは言えない野暮ったい眉毛やカサカサの厚い唇は男子に人気はなかった。
しかし、生粋の野球オタクで、ガッツこと小笠原道大が残したプロでの全打席の成績も言えるらしい。好きな言葉は「落合」だ。

炎天下の大和球場。吹奏楽部が演奏するセンチメンタルバスが響く。

加奈子はお坊ちゃま高校のスタメンの癖をすべて見抜いていた――。
仕草や目つき、口元の動き、すべて的確すぎて、途中から震えてきた。
試合は接戦のまま、1点ビハインドで俺たちの攻撃を残すのみになった。
加奈子は不気味に笑っている。

9回裏。最後の一球も、エースの耳を触る動作でカーブに山を張った内山のツーベースが勝利の一打になった。
俺たちは誰も、この勝利だけは、奇跡と思えなかった。

思えば、トーナメント抽選会が始まる少し前。
加奈子は、眉を剃り、表参道でカットをし、豊胸手術をしていた。
よく分からないアルバイトで貯めた200万を費やしたそうだ。

加奈子はお坊ちゃま高校のレギュラーと全員ヤっていた――。

そう、かよわい彼女のデータは絶対だった。

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