見出し画像

「二足のわらじ」で教育の世界へ。放課後NPO代表×学園理事長を務める元会社員の、小さな一歩とは?

「野球部みたいに夢中になれる40代、50代を過ごしたいと思っていたんです」

自身が教育業界に関わるきっかけをそう振り返るのは、株式会社丸井に入社後、放課後NPOアフタースクールを立ち上げ、現在は渋谷区教育委員や東京・中野区の新渡戸文化学園の理事長を務める平岩国泰さん。

これまで“民間企業とNPO”、“NPOと学校”といった「二足のわらじ」で活動を続けてきた平岩さんに、NPOを立ち上げた経緯や、学園理事長として学校づくりに懸ける思いについて話を聞きました。

子どもたちの放課後を何とかしたい!

——まずは、平岩さんのこれまでのご経歴から教えてください。

大学では経済学を専攻し、特に行動経済学の「消費行動から経済を見る」という考えにおもしろさを感じ、「消費」に関連する小売業の丸井グループに就職しました。丸井では、経営企画や人事など、さまざまな仕事を経験させていただきました。

30歳のときに子どもが生まれたことをきっかけに本格的にライフワークを探し始め、休日を使って、子どもの放課後に関わるボランティア活動を始めました。

ボランティア活動を5年間続け、会社員もしながら35歳で放課後NPOアフタースクールを法人化しました。そこからさらにNPOの活動に力を入れるようになり、37歳で丸井を退職。NPO法人一本で活動し始めました。

その後、新渡戸文化学園とのご縁をいただき、2017年から理事、2019年からは理事長として関わっています。現在は「放課後NPOアフタースクールの代表」と「新渡戸文化学園の理事長」という二足のわらじで活動をしています。

お話を聞いた平岩国泰さん

——教育に関わる活動の中でも、特に子どもの「放課後」に興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?

まず教育に関わりたいと思った原点には、大学生のときにボランティアで行っていた「中学野球部のコーチ」の経験があります。

夢中になってコーチに取り組んでいた思い出が今も思い出されます。人の成長を間近で見ることができる喜びと素晴らしさを感じ、その経験から「子どもの成長のそばにいることへの憧れ」がずっとありました。

その中でも特に「放課後」に着目したきっかけは、私の子どもが生まれた2004年が、子どもの連れ去り事件などがすごく多かった年だったことが関係しています。

「子どもに関する事件は何時くらいに起きるのか」に注目して調べてみたところ、ほとんどが14時から19時の間、つまり放課後の時間に起きていました。気になったので、平日の放課後の時間帯に近所の公園を覗いてみると、公園に子どもが全然いないんですよ。

子どもたちの放課後がすっかり変わってしまっていることに驚き、「何とかしたい!」と思って活動を始めました。

——その頃はまだ会社員だったとのこと。会社を辞めて活動しようとは思わなかったのですか?

活動を始めた当時は収入面の心配もあり、まずは会社員と並行してコツコツ長く続けていけたらいいかなと考えていました。しかし、せっかくやるならボランティア活動で終わらず、ちゃんと長期の目標を立ててやりたいという思いもありました。

もともと「野球部みたいに夢中になれる40代、50代を過ごしたい」と思っていたんです。野球部は、チームの目標に向かってみんなが本気でコミットしていて、「自分はどう貢献できるか」を全員が考えて動きます。

そういうチームが一番強いと私は思っていて、そんなチームを作りたかったからこそ、最終的にNPO法人の立ち上げに至ったのかもしれません。

——2011年に会社員を辞め、NPOの活動に集中されたきっかけを伺えますか?

実は、明確なきっかけや出来事は無いんです。

2004年にボランティア活動を始めてから2009年に法人化するまでの間、自分の中でかなり葛藤がありました。活動を始めた頃は「もしかしたら途中で辞めるかもしれない」とも思っていましたが、やればやるほど「もっとやりたい」という思いや手応えが大きくなり、応援してくれる人も増えていきました。

一方で、この活動だけだと生活できないという不安もあり、長い間悩み続けていました。でも、ボランティアを続ける中で「この活動は絶対に必要だ」という確信を持つことができたんだと思います。そこで、会社を辞めてNPOの活動に集中することを決断しました。

私はまぁまぁ慎重なタイプなのですが、そういう自分でも決断できたというのは自信になっています。

学校と放課後がタッグを組めば、皆が幸せになれる

——平岩さんは新渡戸文化学園で理事長を務めていらっしゃいますが、どのようなきっかけで学校の運営に関わるようになったのでしょうか?

東京都中野区になる新渡戸文化学園

声をかけていただいたから、というのが正直なきっかけです。

ただ、子育てにおける学校・放課後・ご家庭の3つの時間のうち、「放課後」と「学校」それぞれの良いモデルを作って世の中に広げていきたい、という思いは根底にあります。

自分たちが実践者としてモデルを作り出してこそ、世の中を変えられる。それを学校の世界でもチャレンジしたくて、現在は新渡戸文化学園で理想の学校の実現を進めています。

——「学校」「放課後」それぞれの活動の中で、ハードルに感じていることはありますか?

学校と放課後を分けて考えるのではなく、タッグを組めば良いのにな、と思います。

例えば、小学校低学年の子どもが学校にいる時間は年間1,200時間くらいです。一方、放課後や夏休みといった学校にいない時間は、年間1,600時間。実は学校にいる時間よりも、学校にいない時間の方が長いんです。

それなのに、最近は学習だけでなく、道徳心や非認知能力も全部学校で教えてほしいと言われていますが、「学校にいる1,200時間」に頼りすぎじゃないかな、と思っています。「学校にいない1,600時間」も上手く使えれば良いですよね。

しかも、学校は学習や認知能力の教育が得意で、非認知能力や人格形成は放課後の方が得意。それぞれで培われている力は違うからこそ、学校と放課後が手を組めば、子どもたちはもちろん、「学校」「放課後」も自分たちができることが明確になって、皆がハッピーになるんじゃないかと思います。

——お互いが得意なことを生かすのは大事ですね。その他に課題はありますか?

リソース不足は大きいですね。「学校」「放課後」に関わらず、子どもを取り巻く世界には人もお金も足りていません。また、根本的な「イノベーションが起きない構造」が進化を遅らせていると思います。

例えば教育委員会という仕組みにおいて、学校=実践者、教育委員会=チェックの役割ですが、どちらも学校の教員が担当しています。つまり、同じような人が「実行」と「監視」の両方の役割を担うため、前例踏襲が起きやすい構造になっていると感じます。そこに多様な人、例えば、民間企業の経験者等が入ってこないと、イノベーションは起きません。しかし、民間企業の経験がある公立の小中高の教員は全体の5%弱しかいない。

今必要なのは、「職員室のダイバーシティ」だと私は考えています。

——確かにそうかもしれません。「職員室のダイバーシティ」実現のために、何か取り組まれているアクションはありますか?

代表的な取り組みは、「先生の副業」です。

新渡戸文化小・中・高・アフタースクールの常勤教職員で、副業・別の肩書がある人は52%。これは日本全体の平均(3〜4%)の10倍以上の割合です。

この取り組みを成立させるには、チームで働くことが必要です。そこで、新渡戸文化学園では複数人で学年を担当する「チーム担任」制を導入していて、実際に、週4日は僕たちの小学校で担任をして、残り1日は別の企業で働いている教員もいます。

学校の世界では、「チームで働く」という感覚が欠けていると感じることがあります。「個」で働くと、学習、進路、生活指導…全部を一人で抱え込むことになりますが、当然、教員にも得意不得意がありますよね。チームで働けば「〇〇さんは進路が得意だから、進路相談を任せますね」と分担ができる。日本中の学校で、もっとチームで頑張っていけたらいいなと思います。

教育の仕事は、世界で最高の仕事

——平岩さんがこれから挑戦したいことはどんなことなのか、教えてください。

まずは自分たちの学校やNPOで、理想の姿を体現し続けたいと思っています。それと同時に、自分たちが培ってきたノウハウや失敗例もどんどん世の中に還元したいとも考えています。

放課後NPOの方では既に全国に取り組みが広がっていますが、学校の方はまだ展開ができていないので、自分たちの学校づくりのノウハウを世の中にお渡しして、貢献していきたいですね。

自分の50代のチャレンジの1つとして、未来の学校を作るノウハウを展開するための組織を新しく作ることも視野に入れています。

——最後に、民間企業から教育の世界を目指す方にメッセージをいただけますか?

私も民間企業から教育の世界に入った一人ですが、私は、教育の仕事が世界で最高の仕事だと思っています。大げさに聞こえるかもしれませんが、本気でそう思っています。

NPOや学校に関わらず、教育業界では自分の頑張りが子どもたちの成長として現れることが、何よりの喜びです。チームで「俺たち、頑張ったよね!」と本気で言い合えるのは、人の成長に貢献したときなんじゃないかなと思います。自分の成長を子どもたちの成長につなげられるからこそ「もっと成長しよう」と思い続けられます。

教育業界において、民間企業の経験はプラスになります。少しでも興味がある人は、ぜひ入ってきてほしいと強く願っています。

——ありがとうございます。平岩さんのように、休日の活動から徐々に関わるのも一つの手ですよね。

その通りです。私の「小さな一歩」は、休日のボランティア活動でした。迷っている人は、まずは「小さな一歩」を踏み出してみることをおすすめします。

取材・文:今村 友加里 | 写真:竹花 康