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綿帽子 第三十七話

公会堂に向かって歩く日々が続く。

もはや到着して10分もすれば町人さん達がお出迎えに来るようになっていた。

視界には入るが気にせず参拝する。
無数の光る目に見られながら、掃除の日々を繰り返す。

流石にこの頃になると、何やら毎日親子で掃除をしに来る人がいる。

「一体何処の人だろう?」と噂になっていたようだ、道行く人に話しかけられるようになっていた。

また、公会堂を管理している人達には「掃除をしてくれてありがとう」と、お礼を言われるようにもなった。

しかし、お礼は言われるが手伝ってはくれないのだ。

芽生える矛盾を尻目にひたすら掃除をする。
向こうからしたら変わった人がいるなぐらいにしか思ってはいないのだろう。

確かにこちらが勝手に始めたことなのだから手伝う必要はない。

しかし、車の掃除をする為公会堂の敷地に車を持ち込み、汚れをその場に落としたまま去って行く。

そんな人を見ていると「きっと小人もそれを見ているんだろうな、小人の方が案外凄い存在なのではないか?」とも思えてくる。

そして

「え?今目の前で掃いてるやん」

と、竹箒を小脇に抱えた俺は何だか切なくなったりもする。

諦めずに続けるしかない。

毎日参拝しているのだから、お賽銭箱代わりのお皿には10円玉がどんどん貯まっていく。

二人で一枚の皿に最低でも20円は置くのだから一ヶ月もすれば一皿に600円は貯まっていることになる。

大分増えたなと思った頃のある日、突然お皿から10円玉が全て消えた。

公会堂の管理者が勝手に回収したのか、はたまた盗まれたのか。
一応管理者に問い合わせてみると回収していないと返事があった。

それなら他の参拝者が取ったのだろうか?と考えもしたが、元々こちらが勝手に始めたことなので突き詰める気にはならなかった。

気を取り直して再び10円玉を置く日々が続く。

そして、またしばらくすると消えてなくなった。
その後、結局5回ほど同じことが繰り返される。

毎日行くのだから、ある日は時間をずらして行ってみようと試みた。

すると、近所で見かけたことのない二人組の男が怪しい動きをしているのを発見する。

決定的瞬間を抑えてやろうと少し離れた所から様子を伺っていると、こちらに気づいたのか動きを止めた。

そして、一人がポケットに手を突っ込み、いきなり小銭を皿に投げつけた。

「俺はこうゆうの見つけるといつもこうすんだ」

と、顔を真っ赤にしながら話しかけてくる。

もう一人は無言で自転車で走り出した。

「あれ、もう一人の人は行っちゃったけど?」

「え?う、うん」

何やら言葉ににならないような声をあげると、その男も逃げるように自転車で走り去った。

「怪しいな、あれじゃないのかお袋?」

「せやな、怪しかったな」

「あれで明日来た時にお賽銭なかったら確定かな」

流石に今日の明日では来ないかなと思ったのだが、翌朝見事にお皿の上には何も残されていなかった。

どうやら噂になっていたのは掃除だけではなかったようだ。

この日を境に10円玉は1円玉へと変化する。
しかし、それでも懲りない人はあらゆる所に居る。

またやられたかと落胆していたある日のこと、公会堂を借りて近所のお年寄り達の会合を管理している人から連絡があった。

「いつも、有難うございます。老人会で回収しておやつに出すお茶菓子にさせていただきました、余った分は大切に分配させていただきました」

「え?」

一体どう言う意味なのだろうか。

便乗するように突然お賽銭を全て回収して、自分達の勝手に使った上に事後報告を?

そもそもお賽銭箱がないのだから、公会堂の管理者にすら回収する権利もない。
ましてやあなたは管理者ですらない。

お年寄り達というならお袋も既にお年寄りの域に達しているのだが、同じ地域に住みながらお袋はその老人会にさえ加入していない。

なにより見知らぬ人達の為にわざわざ参拝に来て、お賽銭を置いて行くわけではない。

俺は自分の為、そしてお袋は珍しく俺の為に毎日祈りを捧げてくれた。

俺にしてみれば「それは前代未聞、正に青天の霹靂の如くの出来事」

その願いがこもったお賽銭をお地蔵様の屋根を作る資金にするでもなく、お供え用の花を買ってあげるでもなく、何処の誰かも分からない人達の胃の中に、そしてあなたの懐に入れたのか。

この時ほど小人が優雅に見え、そして町人達よ立ち上がれと思ったことはない。

「そりゃ町人も遊び人になるわ、女達は周囲を練り歩くわ」

たかが、10円、そして1円、しかし塵も積もればある程度の金額にはなる。

その頃合いを見計らって、回収してしまうのか。

お参りも掃除もあくまでも自分の為にやっていることで、俺はこの行為自体が何か良いことに繋がると思ってやっているわけではない。

自己満足の世界だ。

しかし、自分が人生で一番ハードな時間を過ごしている時に、ましてや誰に優しい言葉をかけてもらえるわけでもない。
願ったところでそれが叶う保証をされているわけでもない、だけど願わずにはいられない。

そんな願いの欠片まで他人の手によって奪われるのか。

俺はいよいよドン底にいることを悟らされた。

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