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綿帽子 第三十二話

『ホームページに掲載された』

確認してみたが、注文通りではない。
情報にも誤りがある、先の思いやられる旅立ちだ。

本当にこの人に任せても大丈夫なのだろうか?そんな心配が脳裏に浮かぶ。

困ったことに家にはもうほとんど生活費も残されていない。
それを不動産屋に悟られるわけにもいかず、我慢の日々が続く。

気になった点を電話で伝えると「直ぐに修正する」と言う。

そして

「またご意見ご要望ありましたらいつでもご連絡ください」

と、ありきたりの返事が返ってくる。

これを三度繰り返した時点で俺は諦めた。

多分伝えれば伝えるほど担当者のやる気がなくなってきそうな気がしたからだ。

ホームページを確認しましたかと問えば

「確認していません、すみません」と返事が返ってくる。

「部署が違って、データを渡して要点を伝えるだけなんです」

「分かりましたがホームページは確認されてみては如何でしょうか」

「ごもっともです、私のミスです。次回からはしっかりと確認致します」

こういうやり取りが毎回なのだ。

暗い毎日が連続して続いていく。
秋も深まり木々の葉が色づいてきた。

ネットを眺めているとAmazonで「THE TRIO OF OZ」のファーストアルバムが1万円の値下がりをしていた。

リーダーのOmar Hakim(Ds),その奥さんのRachel Z(P),Maeve Royce(Ac-B)からなるJazzTrioで輸入版でも中々手に入れることができなくて、ずっと欲しかった代物だ。

CD一枚に一万五千円では考えさせられる。
買い手がつかないのかネット上には存在してはいたが、ここにきて五千円で手に入るようになった。

悩んでいたらお袋が珍しく声を掛けてきた。
そんなに悩むくらいなら買ってみたらどうかと言う。

このお金の無い時にどうかとは思ったが、お袋なりの気遣いなのだろう。
流れに身を任せて購入することにした。

Omar Hakim(Ds)といえば、Jazz,Rock,Funk,Pop,Soul,DanceMusic全般,その他諸々ジャンルを問わず一世を風靡した超有名なセッションドラマーでもある。

18歳の時に亡きJoe Zawinul,Wayne Shorter,リズムセクションにOmar Hakim,これまた若くして亡くなってしまったVictor Baileyを迎えた第4期Weather Reportの来日公演のビデオを友人に見せてもらった。

その時に受けた衝撃といったら例えようがない。

俺は一気に彼の超絶華麗なドラミングに魅せられた。
それ以来ずっと憧れの人であり、彼を模倣してトレーニングに打ち込んだものである。

そして親父との思い出の人でもある。

親父が亡くなる1年ほど前、突然親父は貪るように色々なジャンルの音楽をオーディオルームに籠って聴くようになった。

それまでJazz一辺倒だった親父が毛嫌いしていたフュージョンやロック、日本のポップスまで聴くようになりだした。

『貪るという表現しか思いつかない』

それだけ親父は何かに取り憑かれたように音楽を聴き漁った。

何か面白いものはないかと問われ、最初に渡したCDが故Hank Jones率いるThe Great Jazz TrioのNYの老舗ジャズクラブBirdlandでのライブ録音だった。

円熟期を迎えていたOmar Hakimの冴え渡るジャズドラミングが秀悦な作品で、そのドラミングは親父をも一気に虜にした。

「Omar Hakimいいなあ。あの畝るようなドラム最高だな」

親父は甚く感激したようで、それからはOmarの参加した作品を探してはオーディオルームで聴き入ってた。

Omar HakimといえばMarcus Miller

俺の頭にはそれしか思いつかない。

Marcusの素晴らしいグルーヴを生かすにはOmarとは趣向の違ったもっとタイトなビートを前面に押し出すドラマーを配置したくなるのだが、若き日のOmarとMarcusのコンビネーションの秀悦さには舌を巻く。

俺は自信を持ってMarcus MilerのCDも差し出した。
むしろ親父に俺の趣味を知ってもらいたかったのだ。

ところが、数日経って返ってきた返事はJohn Patitucciは良くてもMarcus Millerは今一つだと言う。

「上手いのは分かるし、グルーヴも凄いんだけど俺には今一つピンと来ないんだよな」

ちょっとショックだったが、音楽といえばJazz,Classicのみだった親父からすれば当たり前の解答だったのかもしれない。

親父の頑な趣向のお陰で、俺が家庭内で初めてロックを聞く許可が降りたのは中学二年生の時だった。

これなら聞いても良いと差し出されたのはJeff BeckのBlow By Blowというアルバムだったと思う。

今考えてみると、それも当時で言うところのクロスオーバー、フュージョンにカテゴライズされていたのだから、自分の趣味には合わないが許せる範囲に位置しているという、歪んだ意思表示には変わらない。

しかし、Jazz以外の音楽に飢えていた俺は迷わず飛びついた。

その後も俺は、アルバムに参加しているミュージシャンの経歴や特徴を説明してから何度となく親父にCDを手渡した。

自分が聞いて良いと思うCDがあれば親父に聞かせ、読んで面白いと思った本があれば親父に読ませた。

後にも先にも親父があんな嬉しそうな顔をしていたのはこの時期だけだったのかもしれない。

そして、これが俺が唯一親父にしてやれた親孝行だったのかもしれない。

この頃、親父はTVで緒形拳さんが出演していた「風のガーデン」というドラマを毎週欠かさず見ていた。

ドラマなんて滅多に見ることをしなかった親父の行動を不思議に思いながらも、ふんふんと親父の感想にただ頷いていた。

「緒形拳って俳優は凄いな、こんな良い俳優だったかな」

「主演が中井貴一で癌で死んじゃう医者の物語なんだけど、緒形拳は今癌で闘病中なんだぞ、凄いやつだな。こんな演技ができるんだな」

「緒形拳は凄い俳優だな」

「凄い俳優だな」

この時の親父の言葉を俺は忘れられないのだ。


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