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綿帽子 第三十九話

あれから、仕掛けを覗きに毎日用水路に来ている。

特に変わった変化は見られない、一箇所だけザリガニが入っている。
場所は移動させている様子で、やはり何かを捕らえようとはしている。

お袋曰く

「鰻ちゃうか、この辺昔は鰻を取ってたらしいで」

そんな馬鹿な、田んぼの用水路に鰻とは現実離れしている。
お袋も奇妙なことを言うなと思ったが、念の為ネットで調べてみた。

「田鰻」

何だこれ?

なるほど、確かに沼や田んぼの水路、そして田んぼそのものに生息するらしい。

しかし田鰻と名は付くものの、その身は鰻よりかなり赤黒く、臭いもきつくて味自体も鰻からは程遠いようだ。

全く別の生き物と捉えた方が良いのかもしれない。

その割には中国や台湾では好んで食べられている。

見かけはどちらかというとドジョウが滑りをまとったまま限りなくシェイプを蛇化させたとでも言いましょうか。

シェイプがシャープになったドジョウの尾鰭が無くなった版とでも言いましょうか、とにかく俺には食べられそうにない。

そして、まんざらお袋の言うことも嘘ではなさそうだ。

この罠は田鰻を捕らえるために仕掛けられているもので、田んぼの水路から田んぼの中に侵入して稲作物に与える影響を防ぐ為に仕掛けられているのかもしれない。

いや、きっとそうだろう。

「なーんだ」

ちょっと物足りない気もしたが、ネットとお袋のおかげで謎が一つ解けた。
俺は携帯をポケットにしまうと田んぼの畦道を後にした。

自宅に帰ってからお袋に伝える。

「な、私の言うことはいつも正しいんや」

それだけ言うと、お袋はまた韓国ドラマに全神経を集中しだした。

毎度こんな感じで会話の全てが終了する。

これが親子の間での大きな溝に発展している原因かもしれない。

とにかくお袋と俺は水と油の如く性格も違い、興味を惹かれるところも全く違うのだ。

今朝、相変わらずお袋と公会堂への道を歩いていた時のことである。

杉林の前に差し掛かった頃、道の右端にある側溝の隙間から体の半分ほどを道路に向かって投げ出した蛇を見つけた。

小さい子供の蛇なのか、長さにして20cmぐらいしかない。
ピクリとも動かないで横たわっている、しかも全身が白い。

これが俗に言う白蛇かと少々驚いたが、全く動く気配がない。

死んでいるのか、何らかの理由で仮死状態になっているのか全く検討がつかない。

お袋に白蛇がいるぞと伝えたのだが「そんなもんほっとき、もう死んどるんやろ、早う行くぞ」と言わんばかりにお袋はどんどん先に進んで行く。

確かに死んでいるような気もするが、これといって外傷らしきものも見当たらない。

かといって、このまま放っておくと前方から来る車に頭を轢かれかねない。

俺は辺りを見渡すと、足元に落ちていた小枝を手に取り、その枝で蛇の頭と身体をなるべく車に轢かれることのないように反対側に向けた。

本当に仮死状態かもしれないし、白い蛇は神様の使いとも言う。
それにまだ子供の蛇だ。

明日また同じ道を通る。
明日ここに来て蛇の姿が見えなかったら、上手く息を吹き返して逃げたのだろう。

本当は捕まえて林の中に置いてあげたかったのだが、どんどん先に進んで行くお袋をそのままにしておくわけにもいかず、せめてもの気持ちとしてそうしたのだ。

特に蛇が好きと言うわけではないが、そのままにして車に轢かれた無惨な姿を見たくはない。

俺は持っていた小枝を林に投げ捨てると、小走りにお袋の後を追った。

遅れた理由を聞かれて、ありのままを伝えると

「まあお前の好きにしたらええ、生きとったら明日はおらんやろ」

と、それだけ言って、お袋はまた歩くスピードを早めていく。

まあこの年齢でこれだけスタスタと歩けるお袋のことを考えると、感謝かなと思ったりもするが、肝心の俺がスタスタと歩けないんだからやっぱり分かってはいない。

情けないことに、まだまだお袋の方が歩くスピードも早いのだ。

早く走れるようになりたい。

翌朝、普段よりも早くお袋と公会堂に向かう。

昨夜は仕掛けの理由が分かったので、満足して早目に休んだのだ。
それもあったが、白蛇のことが気になって早く結果が知りたかった。

杉林の辺りまでやって来た。
珍しくお袋の方が先に反応する。

「居ないな、ほんまに生きとったんかな」

確かに居ない。

車に轢かれた形跡もない。
もし轢かれていたら、道路に血の跡が残るはずなので、車は回避したようだ。

「良かったやないか」

珍しくお袋がそう口にした。

「そうやな、ほんまにそれなら良かったけど」

「何や、不満があるんか」

「いや、生きとって逃げたなら良かったと思っただけや」

そう言ったものの、自信はなかった。

本当に仮死状態だったのかもしれないのだが、この辺には野生動物もいる。

白い蛇なんて滅多に見られるものではないので、まさか人間が?そう思ったりもする。

ただ、深読みをすることが良い結果につながるとも限らないので、蛇は仮死状態であって、上手く復活して逃げていったと思うことにした。

頭を轢かれて無惨な姿になっていなかっただけでも良しとしよう。

思い直して公会堂への道を進む。

公会堂に着くと相変わらず町人達の歓待を受けるのだが、最近は近寄ってきても慣れたのか、目の前をいくら通り過ぎても気にならなくなっていた。

どちらかというと小さな無数の光る目の存在の方が、気にはなってる。

お参りしている最中も目の前でピカピカ光っているし、もしかしたら毎回そのまま家までついて来て、中には入らずに外から覗き込んでいるのかもしれない。

自主的に後をつけて来たのではなく、俺が行くからそのままついて来て覚えちゃったのか?
だから居間の窓越しに見える光る目の数がどんどん増えているのか?

仮にそうだとすれば、遠慮深い小人達なのかもしれないけれど、だからと言って毎日夜には必ず窓の外から中を覗き込んでいるのだから、どっちつかずには違いない。

そして、毎夜テーブル越しにピカピカ光る目に見られているなと思いながら食事を取っているのだ。

白蛇が小さかったので、もしかしたら光る目の正体はそう言った類の何らかの存在なのかとも考えたりもしたが、俺には想像することしかできず、常に正解は得られない。

そして俺はというと、トグロの蛇に出会ってから蛇のシーズンに入ったようで、翌々日には再び別の蛇との出会いが待っていた。


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