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パン食べすぎ人間の最適化計画

「我々はパンを食べすぎている」

紺地のローソファーに身体を預けながら、お気に入りのバタースコッチを食べている時だった。

大きな口でかじりついた瞬間から、仄かなバターの香りとふんわりしっとりした生地が嗅覚・味覚の支配権を奪い取って『さあ、バタースコッチ色に染まりなさい』とわたしに語りかけてくる。

咀嚼するごとに意識は甘美で満たされ曖昧になり、脳内では一面にバタースコッチ畑が広がっていた。

噛みしめるたびにバターとシュガーが融合した甘味が舌を滑り、喉を通り、体内で美味さが縦横無尽に駆け巡る。わたしは脳内で広がるバタースコッチ畑のなかを少女のようにワンピースの裾をひらひらと泳がせながら舞っていた。

どんどん心が満たされていく。

疲れた身体も、やらねばならない家事への憂鬱も、締め切りのある仕事に追われる日々も、なにもかも忘れさせてくれる。

美味しいな、美味しいなと、何度も脳内で口ずさんでいる時、バケツに入った冷水でも浴びせるように落ちてきたのが冒頭の旦那の台詞である。

「我々はパンを食べすぎていると思わない?」 

なにか身に覚えがあったのだろう。現実に引き戻されたわたしは手元のバタースコッチをじっと見つめながら反論することができずにいた。

ちなみにだが、旦那の手にもしっかりバタースコッチが握られている。

「パ、パンに含まれているグルテンとかいう成分が依存性をもたらすとは聞くけれど」

苦し紛れに答えてみる。我々がパンを食べすぎているのではない、パンが我々を依存させているのだと。決して欲望に負けているわけではないと、罪に問われているわけでもないのに弁解していると間を置かず旦那は言った。

「いやそうじゃない。パンが偉大すぎるんだ」

なにを言っているんだと思ったけれど、一拍おいてなるほど、たしかに、と頷いてみる。

グルテンとかいう成分うんぬんの話ではない。シンプルにパンが美味すぎる。甘いも塩っぱいもいけるし、朝ご飯にも昼ご飯にもおやつにも夜ご飯にもなり得る最強のポテンシャルを秘めたパン。そんなパンを愛すなという方が難儀である。

「……なんでこんなに美味いんだ」

ぽつりと呟いた旦那の手元からは、いつの間に拳骨ほどあったバタースコッチが消えていた。けれどびっくり。わたしの手元からも消えていた。あれ、と手元をひっくり返すけれど見当たらない。もはや消失マジックだ。やたらと口元がモグモグと忙しく動いてはいるけれど。

「パンは美味しいけどさ、食べすぎは良くないよね。僕たちのパン食生活を見直してみない?」

「……見直しですか」

痛いところを突かれて、つい敬語になる。受け容れがたい事実を前にすると人はなぜ敬語になってしまうのだろうか。

え、わたしだけ?
まあ、それは置いておいて。

我々は、たぶん、きっと、いやもしかしたら違うかもしれないけれど、本当のところ違うと思いたいだけなのだけれど……ほぼ毎日あま〜いカロリーたっぷりなパンを食べている。

ベーカリーに行けば、お昼ご飯用にあんバターや塩メロンパン、紅茶デニッシュ、明太チーズフランスなど、甘味を中心にパンを買い込み、コンビニに行けばバタースコッチやコッペパンなどの菓子パンをおやつ用にゲットし、お出かけすれば食べログで評価の高いカフェを探して、そこならではの美味しいパンを食べていた。

どれもこれもパンが美味しすぎるせいだ。全く飽きない我々もすごいものだけれど。

兎にも角にも、たしかに食べすぎている自負はある。まずは現状把握をしなければ。

ということで、せっせとひと月辺りに食べたパンの数と想定摂取カロリーとかかった金額を洗い出してみた(各種2人分)。

想定摂取カロリーについて、あま〜いパンは1つ辺り300kcal〜500kcal程のパンが多いと仮定し、今回は「1つ辺り400kcal」として計算することにする。

そうして浮かび上がってきた数字に、わたしは文字通り飛び上がることになった。

2023年11月のPAN🥖DATEによると、食べたパンの数はなんと48個。想定カロリー数は19,200kcalにのぼり、カツ丼1杯が約1,000kcalと考えると恐ろしいカロリーをパンだけで摂取していることになる。くわえて総額10,000円超え。

これは"ぜんぱんてき"にやばい、パンだけに。さすがにカロリー観点を含め食べすぎているし、ついでにお金も使いすぎている。

たとえ健康食品であったとしても、食べすぎは身体に良くないというじゃないか。摂取しすぎて小麦粉成分でも混ざっていそうな冷や汗が額を流れる。

そうして我らはプロジェクトを打ち立てることにした。

題して、『パン愛・最適化プロジェクト』である!

世の中は何事もバランスが大切だ。「愛」という感情は素晴らしいものだけれど、愛が強すぎるゆえに人を傷つけてしまうこともある。だからこそ、パンも秩序をもって愛さなければならないのだ(?)。

わたしはパンで肥大したかもしれないおしりを叩いて立ち上がった。

なんとかしてパンを摂取する総量を減らして、食べすぎを押さえるぞ……!

施策A「パンは1日1個まで。ただし昼食と兼ねる場合はその限りではない」

小さい頃、「アイスは1日1本まで」なんて言われたことがあったけれど、まさにそれだ。こんな約束をしなければいくらでもパンを食べてしまうくらい、我々の愛は強大でしつこい。

果たしてうまくいくのかと思われたが、「約束」というのは意外と効力があるもので1日1個という個数制限作戦の首尾は上々!

制限によって「朝も食べて昼も食べる♪」といったパン×パンコンボをキメられなくなり、より厳選された美味しいパン1個を選ぶという至高な食べ方も楽しめるようになれた。

しかし、施策A期間中をデータで振り返ると、まだまだパン愛が強すぎることが分かった。

2023年12月のPAN🥪DATEを見ると、食べたパンの数は36個。前月から−12個できている点は良しとするけれど、まだまだ食べすぎである。想定カロリー数も14,400kcalとカツ丼であらわすと約14杯分。もちろん総額も7,240円とまだまだ高額。

残念ながら、ぜんぜん食べすぎだ。

褒めてあげたくても、褒められない。というか"ただし昼食を兼ねる場合はその限りではない"の影響力が強すぎて、「これは昼ご飯だから♪」と言いながらパンを爆食いしていた。語尾に♪を飛ばしてる場合じゃない。食べるんじゃねえ。

施策B「コンビニの菓子パンは禁止」

料理不得意夫婦である我々はパンをお昼ご飯にするという手段を封じてしまうと、昼食バリエーションが減って別の問題が生じてくる可能性(お昼に食べるものがない問題)があるため対処が難しい……との見解から、食べられるパンに制限を設ける作戦を実行することにした。

徒歩5分圏内にコンビニが3件ある一方でベーカリーは最短で徒歩15分はかかる。コンビニを封じることで、我々はわざわざ往復30分かけてベーカリーに行かなければならなくなる。物理的な距離の遠さはいくらパンが好きでも、そう毎日通えまい。残念ながら、毎日足しげく通うほど我らは暇ではないのだ!

結果、思った通り施策Bの効果はテキメン!!

2024年1月のPAN🥨DATEでは、食べたパン数は19個と前月から−17個を達成している。想定カロリーもついに10,000ラインを切って7,600kcal、さらに総額は4,651円とだいぶ抑えられてきた。

しかし、ここで新たな問題が浮上する。

食べたくてたまらないのだ……。
コンビニでしか買えない菓子パンが……。

我慢しろって?

織姫と彦星だって会いたい気持ちを押さえて七夕の日まで我慢をしているって?

なにを言ってるんだ。

我々の前に天の川など流れていない。1度きりの大事な人生、好きなものに会わずして過ごすだなんて勿体なさすぎる。

会いたいもんは、会いたいんだ!

会える時に会わなくてどうする!

そうだ!行くぞ!コンビニへ!

施策C「パンを食べた翌日はパンを食べてはいけない」

「やっと会えたね……」と思わず言葉がこぼれるほど感動の再会を果たしたコンビニの菓子パンと「もう二度とあなたを離さない」と愛を誓ってしまったため、パンを食べられる日数を減らす作戦に出ることにした。

たとえば月曜日にパンを食べたら、火曜日は食べられない、水曜日になったら食べられるといった感じ。

食べられる日を限定するのは、なかなか良い方法ではないだろうか。食べられない日があるけれど、明日になったら食べられるわけだから、次のデートまで仕事を頑張るような心地で乗り越えられるんじゃないかと我々は考えていた。

そう期待感を込めながら振り返りをしてみて、驚いた。まさかこんな結果が待ち受けているなんて……。

そう、普通に食べすぎていた。わたしは何度か目をこする。目薬なんて刺しちゃったりして、夢と現実の狭間にいるんじゃないかと頬をつねっちゃったりして、それからようやく数字と向き合った。

2024年2月のPAN🥐DATEによると、食べたパンの数は29個。前月+10個である。なに食べてんねん。もちろん想定カロリー数も11,600kcalと爆増(カツ丼10杯分はキメてる)し、総額も8,576円と高額である。

なぜ、どうしてなの。
愛とは、なんて厄介なのだろうか。

施策D「中3日はパンを食べてはならない」

いつになっても食べすぎ状態から抜けられないので、思い切って中3日パン封じ作戦を実行することにした。

しかし3日間もパンが食べられないだなんて「パンが食べたい!パンが食べたい!パンが!パンが!パン!パン!パン!」と暴れ出す可能性があったので、個数制限は設けないことを条件になんとか心を宥めながら実行していくことにする。

さあ、どんな結果になったのかを見てみよう。

食べるんじゃねえよ。

どうしてそうなった。

頭を抱えても抱えたりない。

2024年3月のPAN🍞DATEを見ると食べたパンの数は、驚愕の42個。前月+13個だ。想定カロリーも再び10,000を突破……総額も10,000円超えという大失敗な結果に。

これはもう、我々からパンの記憶を消した方が早いかもしれない。

思い返せば「3日間も食べられないんだから、今のうちにたくさん食べなくっちゃ!」と、我らの頭には謎の理論が舞い降りていた。

さらには「たぶんワッフルはパンじゃない」「たぶんドーナツはパンじゃない」と意味不明な発言を繰り返しながら中3日の絶望期間を乗り越えていたところもあるので、想定カロリー数は実のところもっとやばいことになっていると思う(怖いので計算しません。ご容赦ください)。

ちなみに、ワッフルやドーナツはパンじゃない理論に関しては旦那も大きく頷いてくれていた。

わたしのせいじゃない、たぶん。

施策E「朝ご飯にトーストを食べよう!!」

ここで、視点を変えてみることにした。

これまではパンとの愛瀬をどれだけ減少されるかに終始してきたわけだけれど、会えないと言われれば会いたくなるし、見ちゃダメと言われれば見たくなるし、食べちゃダメと言われれば食べたくなるのが人間の性だ。

そこで毎日、朝ご飯にトースト食べていいよ作戦を決行することにした。そう、今までとは逆で「パンを食べていい」というルールをつくったのだ。

具体的には、6枚切りの食パンを購入して毎朝一人1枚トーストを食べる。レシピはシンプルで、食パンにマス目上に切り込みを入れた後、オリーブオイルを大さじ1杯程度塗り塩コショウを振りかけてトーストするだけ。これが簡単なうえに美味しいのだ。

最強トースト🍞

朝ご飯はなんにしろ食べるし、だったらカロリー少なめ&価格も安め&健康に良いらしいオリーブオイルを使ってトーストを食べちゃおうと考案したわけなのだけれど、これがなかなか良い……!

6枚切りの食パン1個(180円)買えば、2人で3日間も食べられるため実質1日約60円で済ませられる。さらにカロリーも食パン1枚が149kcalでオリーブオイル大さじ1杯を約100kcalとすると合計で249kcal。悪くない……!

シナモンロールなんて食べようものなら、たった1個で400kcal超えはくだらない。食パンはなんて優秀なのだろうか。

ということで、2024年4月のPAN🥐DATEを見ると、食べたパンの数は60個!前月+18個ではあるのだが、そのすべてが食パンである点に注目いただきたい。しかも想定カロリー数は、これだけ食べても14,940kcal。菓子パンと違って糖分が少ない分、個数の割に悪くはない(1日あたり1人249kcal)。なかでも費用が1,800円と激安な点は天晴だ。食パンのコストパフォーマンスの高さたるや。

もちろんベーカリーのパンが食べたいなとか、コンビニの菓子パンが食べたいなと思うこともあるのだけれど、意外にも「朝、パン食べてるしな〜」と、しっかり抑止力としても機能してくれている。

人は満たされていると優しくなれると言うが、欲望も押さえやすくなるとは知らなかった。人は制限されるよりも、自由でいられたほうが、自然と最適な行動を取れるのかもしれない。

ーーと、なんだかプロジェクトが大成功したみたいにまとめているけれど、事実「毎朝、食パンを1枚食べる」ことによって、食べているパンの総量は確実に増えている(止まらない滝汗)。

が、しかし。

結果的にパンを食べる量を減らすことはできなかったけれど健康的に、お金をかけず、糖分の摂取量を減らして、パンを食べられるようになった今の状況は及第点といえるのではないだろうか!(というか頼むから言わせてくれ……!!)

そう、健康的にパンを食べる。

これが真の最適化なのだ!(ドドン!)

これにて『パン愛・最適化プロジェクト』は幕を閉じることにする(半年も頑張ったので一休み)。

これから先また新たな"パン欲望"が生まれる可能性もあるし、突然食パンと距離を置きたくなる日も来るかもしれないけれど、愛に障害はつきものだ。

そして好きだからこそ乗り越えようと頑張れるのが愛という力のおいしいところ。

これからも我々はパンを愛し、健康的にパンを食べ、時に最適化しながら、豊かなパンライフを過ごしていこうと思う。

すべてのパン好きのみなさん、パンを無理に我慢せず、最適に愛しながら食べていきましょうね。

by セカイハルカ

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