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音楽には思い出が宿るなぁ、という話。

音には、記憶が宿るという。

たしかに。音楽を通して、じぶんが過ごしてきた思い出を感じることがある。普段はすっかり忘れているような思い出も、音楽が思い出の小箱を開く鍵となって、アーチ型の蓋がゆっくりと空を仰ぐ。なかを覗けば、懐かしい思い出が顔を出して、カタチとなって、目の前にあらわれる。

よく「香水の匂いを嗅ぐと元彼を思い出すーー」というフレーズを聞くことがあるけれど、音もきっと理屈は同じなのかもしれない。

香りに宿った思い出がふわっと頭の中に広がるように、音に宿った思い出も、Aメロ・Bメロ・サビ……と進んでいくたびに、カメラのネガフィルムを追いかけるように、映像が頭の中に流れてくるのだ。

RADWIMPSの『トレモロ』を聴くと、高校からの帰り道、バス停に向かう横断歩道を渡る瞬間を思い出す。時間はもう遅く、顔を上げると暗い夜空が広がっていた。都会の地からは輝く星空など見ることはできないはずなのに、『トレモロ』の歌詞を聴いていると、一面に白く輝く星々が見えるような気がした。一音も聞き逃さないように、と黒いヘッドフォンを片手で押さえて、満天の星のもと、横断歩道を真っ直ぐに渡っていく。踏み出す一歩は強く、大きく、遥か遠くまで続いていそうなわたしだけの星空を追いかけて、モノクロのラインをひとつずつ越えていった。

YUIの『GLORIA』を聴いていると、リビングの一画で受験勉強をしていた日々を思い出す。じゅうたんの上に横幅1メートルほどの折りたたみテーブルを開いて、座布団も敷かずに床に座るのがいつものスタイル。テキストとノートを雑多に広げ、手元のデバイスからは『GLORIA』が繰り返し流されていた。
母は「YUIちゃん、もっとポジティブな曲を歌えばいいのに」と、不満気に言った。
たしかに受験シーズンの応援歌ならば、「サクラ咲く〜」とか「君なら乗り越えられるよ〜」とか、メロディ・歌詞ともにポップな音楽はとても似合う。気持ちが明るくなるし、頑張るぞ!と、拳を高く掲げられる。だけれど、わたしはどんなポップな応援歌よりも、YUIの『GLORIA』が好きだった。それは、じぶんなら大丈夫だ、きっと合格できるはずだ、という明るい言葉で塗り固めた裏にある不安な気持ちにそっとを手を伸ばして、やさしく撫でてくれるような気がしたからだ。頑張らなければいけない瞬間では、ときに周囲からの圧に「不安がっちゃいけない」と思わされるときがある。なんでもない風を装って、ハリボテの勇気で一人壁に立ち向かわなければならないことがある。ーーそれが当たり前だと思っていた矢先にあらわれた『GLORIA』は、凝り固まった心を解して、不安な気持ちの拠り所として、わたしを支えてくれたのだ。

きのこ帝国の『クロノスタシス』を聴くと、制服から着替えぬまま、『鋼の錬金術師』という漫画を読みあさっていた日々を思い出す。ハガレンは漫画もアニメも映画も、一通り履修してきたものの、とあるタイミングでふと「もう一度、読み返したい」と思い、漫画が眠るタンスの扉を開くことにした。頭一つ分高い手前開きの扉を開けて、4段に仕切られたうちの上から2段目に手を伸ばす。『ワンピース』やら『ラブ☆コン』やら『紅心王子』やら、漫画が入り混じったスペースをかき分けると、黒を基調としたマットな質感の漫画があらわれた。全巻を一気に手にとり、リビングに漫画の石畳をつくっていく。さて、と漫画の1ページを開くと同時に、刻み良いギターの音色が聞こえてきた。わたしは元来より、静かな空間が苦手な質なので、何をするにも音楽をかけるのが日課だった。漫画を読むときだって、変わらない。きのこ帝国のリズムはあっという間に、部屋中を包み込み込んだ。口ずさみたくなる音符に乗って、わたしはゆらゆら音の波に揺れながらハガレンの世界へ、旅に出た。

ELLEGARDENの『スターフィッシュ』を聴くと、高校の卒業式の放課後を思い出す。1年生の頃、空手部に所属していた男の子に一目惚れした。卵型の顔に黒髪の短髪、二重の大きな瞳、少しニキビのできた白い肌に、シャイな性格がギャップを生んで、とにかくタイプだった。カッコよくて仕方のない彼と仲良くなりたい気持ちはあったけれど、度がつくほど人見知りなわたしが積極的に話しかけることなど、できるはずがなかった。そもそも「付き合いたい」とも思っていなかった。
なんというか、"そういうんじゃない"。
今でいう「推し」という存在が彼であり、たまにその尊い姿を拝めれば満足ーーという感じ。そんな彼はモテにモテていて、別のクラスのカワイイ女の子が彼を呼び出している姿を見たこともあるし、誰々が彼のことを好きだとか、そんな噂もよく聞いた。もしかしたら誰かと付き合っていたのかもしれないけれど、恋人の有無には正直、興味はない。ただ、憧れの人のような立ち位置で、たまに見守れるだけで良かった。
それから時が経ち、ついに卒業式を迎えた。彼がどこの大学に行くのか知らないけれど、恐らく同じ場所ではないことは分かる。とうとう「推し」ともお別れの季節であることを憂いながら臨んだ卒業式の放課後に、ビッグチャンスがあらわれた。
各教室からは少しずつ人が減っていき、賑わいは教室からグラウンドへ、そして校外へと移っていっていた。わたしは写真撮影もせずに、友だちとダラダラとクラスに残っていた。お手洗いに向かおうと一人教室を出ると、ふと隣のクラスが視界に入った。
そして、開かれたドアの先に、彼を見つけた。
自席で一人座っている彼。誰かを待っているのか、周囲に友だちはいないようだ。教室内も静かで、わたしの友だちもとくに見当たらない(15クラスあったから知らない同級生も多いのだ)。

ーーチャンスだと、すぐに思った。

急いで自分のクラスまで戻り、卒アルを手にとって、再び彼のいる教室まで戻る。走ってすぐにでも戻りたい気持ちと、ゆっくり歩いて心の準備をしたい気持ちが交互にあらわれて、落ち着かない。絡まりそうな足をなんとか前に進ませて、もう一度、教室の前にたどり着いた。
変わらず彼は、そこにいる。
心をきめて、一歩踏み出した。
「ねえねえ、卒アル書いてよ」
「ん? おー、いいよ。俺のも書いて」
「わたしも書いていいの!?」という驚きと喜びが入り混じった声はなんとか喉の奥にとどめて、アルバムを交換し合う。キュッキュッとマジックペンの音だけが響いていた。
「はい、書けた」
「はやっ! まって……よし、俺も書けた。さんきゅ」
「ありがとう。じゃあね!」
「うん。じゃ!」
たった数分。たった数行の会話。幸せの大きさは、時間や言葉数で決まるものではないらしい。
教室を出て、卒アルを胸にギュッと抱きしめる。スキップしたい足取りを押さえる代わりに、今度は小走りで廊下を渡った。その瞬間、まるでドラマの最終回みたいに、脳裏で『スターフィッシュ』が流れはじめた。まるで"おとぎ話"のような天から降ってきたシチュエーションと、言葉を交わしあえた特別な日に、チカチカと青春の瞬きが全身を包み込む。青春を駆け抜ける高校生活のエンディングをELLEGARDENの『スターフィッシュ』が美しく飾ってくれた。

ーーあげたら、キリがない。音楽を聴くたびに、思い出がどんどん溢れてくる。なんて素敵なことだろう。

思い出の音楽ネガは、今もこの瞬間も焼かれて保存されていく。

Official髭男dismの『ホワイトノイズ』を聴くたびに、いまnoteに綴っている今日のことを思い出すのだろうか。思い出せたら、いいなぁ。

by セカイハルカ
画像:ぶんさん(配色が素敵◎想像がふくらむ!)

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