and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇

書影

1988年の初版本(ちなみに今Amazonで調べると送料込み600円ぐらいで、中古で買えます)。印字の手触りがボコボコしていていかにも時代を感じます。

発案者は村上春樹さんということになっているが、まえがきにもあるようにアンソロジー的な統一感はない。訳者の面々は、春樹さんが初の長篇翻訳(アーヴィングの「熊を放つ」)で自分だけでは心もとないと感じ協力を得た柴田元幸さん、畑中佳樹さん、斎藤英治さん。そしてそこに川本三郎さんが入り(ちなみに柴田さんと川本さんは別のアーヴィングの訳で共訳している)ジョン・アーヴィング・キャンプ的な訳者陣となっている。

ちなみに(こういうのを読むときいちいちこういうのも調べちゃうんだよな…)1988年は春樹さんの長篇でいうと「ノルウェイの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」の間。ブルータス上巻の年譜があまりにもしっかりしているのでリファレンスに役立つ…。

それぞれの短篇小説の前に訳者の簡単なまえがき(解説)があるのもうれしいところ。

それではいくつか感想を書きます。(数字は12篇の通番。触れないものもあります)

① モカシン電報(W・P・キンセラ)※村上訳
かなり笑える。こういうの大好き。インディアンが人殺しをして犯人にしたてあげられて、その人殺しをしたインディアンが警察に殺されるんだけど、そいつの葬儀に大勢のインディアンがいろんな地域から終結するというお話。村上春樹の会話訳も実にいきいきしています。これ読むためにこれ買っても良いでしょう。

② 三十四回の冬(ウィリアム・キトリッジ)※村上訳
そんなに印象には残らなかったけれど、レイモンド・カーヴァーの短篇小説を思い出した。素朴な話の中になんともいいがたい人生の妙味が含まれている小説…。そういうのをふと、思い出した。ふとこういう記憶がよみがえるのも良いものです。

③ 君の小説(ロナルド・スケニック)※村上訳
これも会話がいきいきしている。訳者の短篇集「カンガルー日和」を彷彿とさせる。これは原著がそうなのか、会話に「 」がない。どこまでが会話かわかりにくいところが軽快。口調がばらばら(丁寧なのか、粗雑なのか)なのは訳者の意図!?ちょっとふざけているような感じも実におもしろい。

④⑤ サミュエル/生きること(グレイス・ペイリー)※村上訳
村上春樹とグレイス・ペイリーの邂逅。まえがきではそれなりに酷評しているが、著者を敬っていることが伝わってくる。

⑥ 荒廃地域(スチュアート・ダイベック)※柴田訳
柴田さんのダイベック。これも笑った。途中で二発ぐらいきて、ほとぼりさめた頃に最後にもう一発きた。ディージョって詩人が最高で、奏でるんでバンドに入れられるわけ。
「荒廃」ってのを全面に押していくんだけど、ネーミングやアイデンティティについても考察される。音楽で切り抜けていく、回想の少年小説。ダイベックってこんな感じなのかな。

⑩ レイミー(ジェイン・アン・フィリップス)※斎藤訳
訳者の斎藤さんがまえがきでフィッツジェラルドの「夜はやさし」に言及されている。僕は「夜はやさし」大好きで、そういう精神的に不安定な女性が登場する小説ということで読む。
原題は「レイミー-ある七〇年代の思い出-」であったらしい。
「学生時代、わたしたちはみな占い師を必要としていた。外の世界で何が起こっているのか、誰もよく知らなかったし、誰もそういうことを深く考えなかったからだ。」で、はじまる。なかなかわくわくするスタート。語り手は、レイミーの居住を共にし、転々としていた一人。レイミーは、クリシュナやら釈迦やらキリストやらをボーイフレンドとして巡り、やや奇抜な生活スタイルを常にとっているが、最後まで語り手が暖かな眼差しでいるのがいい。

⑫ ビッグ・ブロンド(ドロシー・パーカー)※川本訳
最後にスペシャル・ゲスト的な訳者として川本さんが登場。1929年の作ということで、ドロシー・パーカーが自分の昔と重ね合わせた作品でもあるらしい。自ずと、フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」やそれこそそこからの頽廃が描かれた「夜はやさし」なんかをこの作品でも思い起こすことになった。
主人公はちやほやされるし、結婚もするし、それでも男と遊ぶし、どこにもまるで行き着かない。当時の女性はこうあるべき、みたいなのがあったのかもしれないけれど、最後の最後で自殺未遂をし、そのあとも平然と自分に「イエス」を言い、ただ寄り添う黒人メイドとのやりとりがあたたかい。(おっとネタバレしてしまいました)

(書影は https://www.amazon.co.jp より拝借いたしました)

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