頼むから静かにしてくれ Ⅰ

レイモンド・カーヴァーの1冊目(カーヴァーさんこれから全作よみます)。

1961年〜76年までの作品が収録されている。この、村上春樹翻訳ライブラリーとしては2006年1月初版。

傑作選(カーヴァーズ・ダズン)はかれこれ3~4回は読んだけど単品ものは初めて。

今回はⅠを読んだがⅡの巻末に解題があり、より楽しませてくれる仕様となっている。

いくつかの作品についての感想を書きます。

「でぶ」
語り口調が良い。いつもはこんなに食べないんだけど…と弁解し申し訳なさそうな様子とは対照的にその食欲はすさまじい。自分の存在を客観視しつつも気持ちの良いぐらいの食べっぷりに少し腹が立つ気もするが、それを暖かくもしくはおもしろおかしく許容する主人公たちも良い。なにか平和な暖かな春の宵を思わせる。ロング・ヴァージョンの方がよかった気がするけれどどこで読んだかな?(3/27)

「あなたお医者さま?」
訳者の「ねじまき鳥クロニクル」を思わせる始まり方。電話だ。おかしなことがたくさん起こるが主人公は最後まで「奇妙だ」を連呼する。現実と非現実をいったりきたりする感じがおもしろかった。(3/28)

「60エーカー」
「疲労感」、人のそれをどう描くのかという点でみると、なぜかわからないが小さな疲労の蓄積が意外なカタチで現れる…という点でシュールであり、切実でもある。生活の一部をある種リアルに浮かび上がらせている。暖かさもユーモアもないが、生活ってそもそもこういうものの連続かもしれない…という見方をすると安堵感も多少ある。余談だが、これを読んでいて妻が部屋に入ってきて、本のタイトルを見て黙って出ていった。(4/8)

「アラスカに何があるというのか?」
これまた訳者の「ラオスにいったい何があるというんですか?」という旅行記を思わせるタイトル。「60エーカー」に続き、パイプをやってハイになって…当時の人々の暮らしっぷりが描かれているように感じた。労働者の話が多い。一見、やさしくて寛容な夫であるが、妻の「この人、今日落ち込んでるのよ…」という発言にナーバスになったり、コレおかしいよな…と感じながらハイになって笑いが止まらなくなったり、明日も仕事だから帰らなくちゃ…と自制がかかったり、まじめなんだかなんなんだか、ただ暮らしというものが流れている。定点カメラのように。そしてこの話はカーヴァーによくある「いきなり終わる」話。読後感として少し切なくなった。(4/9)

「ナイト・スクール」
これも上記2作と同様に、人々の暮らしの話であり、情けない男の話。ただ、流れている、流されている、「無為の人」という感じ。そこに滑稽もある。描写が良い。(4/9)

「サン・フランシスコで何をするの?」
これも、暮らし、労働、ヤク、犯罪、みたいなにおいのする話。郵便配達夫の視点で描かれるが、「ちょっと不真面目でちょっと真面目にならざるをえない」と語る、真面目で勤勉を美徳とする語り手に対して、素性の知れないあやしげな夫婦が対照的。最後のページで「仕事があるというのはいいことだ」と語る。解題を読んでもこのあたりの作品はカーヴァーの自伝的、とみることもでき、観察する視点が安定していて一貫性もあり、ほっとする。人々の暮らし、アメリカ、アメリカの暮らし。(4/10)

*****

(以下は誠心の話)
日々、何をせかせかしているんだろう、なんでこんなにがんばっているんだろう、とたまにふと思う。わくわくして楽しいこともいろいろあるけれど、カーヴァーさんの描く素朴な人々の暮らし(楽しくもあり、つらくもある)や、奇妙なことを奇妙なこととしてそのまま切り取る定点カメラのような物語は、帰ってこられる家のような存在で、僕にとって大切な居場所だ感じられたのがうれしかった。そして、理不尽や腹の立つことも、カーヴァーさんのような沈黙とおおらかさで乗り越えることも時には必要なのだ。

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