守り続けることの難しさを学んだ本【徒然読書⑩】
今回は古典を紹介します。
ビジネスが成功しても、それを守り続けることは難しい。
それは、国を治めた皇帝も同様に悩んでいました。
時は中国の唐初期。唐の2代皇帝の太宗の「貞観の治」。
そう、『貞観政要』(呉兢著)です。
太宗の死後40~50年に書かれたといわれています。
比較的間が空いていないことから、信ぴょう性は高い方だと思われます。
そして、日本でも北条政子や徳川家康の愛読書でもありました。
時代を超えて、現代でも通用するエッセンスが多い古典の1つです。
こんなかたにおすすめ!
✔中国古典が好きな方
✔ビジネスに行き悩んでいる方
✔何か答えを探したい方
今回は、私が腑に落ちたフレーズを紹介します。
草創と守成いずれか難き。
安きに居りて危うきを思う。
太宗が皇帝の地位について、しばらくしたあと。
新しいことを打ち立てるか、守り育てるかどちらが難しいのか、と部下に問いました。
部下も草創のほうが難しい、守成のほうが難しい、と意見が分かれましたが、太宗は守成のほうが難しいと受け止めています。
ちなみに、その時「守成が難しい」といった部下は、魏徴です。
魏徴は玄武門の変で、太宗の敵側についていました。
だけれど、敗れた後、太宗に諫言する臣下として仕えるようになります。
敵側でも、「いい」と思えば、引き抜く。
そうした高い人間性と、人を惹きつける力が太宗にはあったのでしょう。
安泰な時代だからこそ、危機感を持つ必要がある。
これはいつの時代も共通することだと思います。
それ仁義の道はまさにこれを思いて心に在き、常にあい継がしむべし。
太宗は「仁義」を常に意識し政治を行っていました。
いっときも気を抜くことなく、一貫するのは大変なことですが、その大切さを改めて教えられます。
君は舟なり、人は水なり。
愛すべきは君にあらずや、畏るべきは民にあらずや。
簡単に言うと、君主の在り方です。
君主は舟だから、水である人民を大事にし、畏れなければならない。
「恐れる」のではなく、「畏れる」のです。
「畏れる」には、ただ怖がるという意味ではなくて、敬意をもって接するというニュアンスが含まれていると思います。
清水の清濁はその源にあり。
人民のたとえである水が濁れば、その原因は源流の君主である。
すべてを自分の責任にする強さは、なかなか持てないものです。
だけれど、自分の行動には責任を持てるようにしたいと思いました。
必ず極言規諫すべし。
臣をして良臣とならしめよ。
『貞観政要』は「守成」と「諫言」が多く登場します。
太宗は耳に痛い言葉を大事にし、臣下にも諫言を奨励しました。
だけれど、諫言する方はある意味命がけです。
「臣をして良臣とならしめよ」は、「忠臣」と「良臣」の違いに触れています。
「忠臣」は、国家に忠誠を誓うけれど、最終的に殺されたりすることがほとんどです。
だから、「良臣」にしてください、と太宗に進言したのです。
この部分を読んだ時、うまい言い回しだなあと感心しました。
短所を見ずに長所を見よ。
何れの代にか賢なからん。
ただ遺れて知らざるを患うるのみ。
太宗の時代は、中国史上でも理想的な時代ともいわれています。
それは、房玄齢や長孫無忌など太宗を支えた有能な臣下の活躍も多大にあります。
そして、文徳皇后の内助の功もありました。
そうした人材が集まっていましたが、いくら有能でも等しく寿命は訪れます。
どうやって良い人材を見つけるか、にも腐心するのですが、なかなか見つかりません。
その時に太宗が言った言葉です。
「人材は見つからないのではなく、我々が見つけれていないのだ」
優れた人材が欲しいのであれば、「三顧の礼」のように、こちらが礼儀正しくし教えを請うのです。
わが身を正さなければならないのですね。
まだまだたくさんありますが、ここまでといたします。
読むたびに発見のある本ですし、訳も多いので、また読み返そうと思います。
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